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「御心が地に成るように編集

「天にいますわれらの父よ、御名があがめられますように!

      御国がきますように!

天のとおり、みこころが地にも行われますように!」

    --マタイ、6:9,10,アメリカ訳[1]

[2]

「御心が地に成るように


1958年 英文発行

1963年 日本文発行

英 文 初 版 1,000,000 部

出版者

WATCHTOWER BIBLE AND TRACT SOCIETY

     OF NEW YORK, INC.

INTERNATIONAL,BIBLE STUDENTS ASSOCIATION

     BROOKLYN,N.Y.,U.S.A.

   ’’YOUR WILL BE DONE ON EARTH’’

   Japanese

Made  in  the  United  States  of   America

   アメリカ合衆国にて 印刷・製本

[3] 地を治める

正義の完全な政府の設立を

御心とされる

愛ある人類の創造主に

さゝげる

この本に用いられた聖書の略語

新 世-新世界訳聖書

新 口-1955年改訳日本語口語聖書

アメリカ訳-J.M.P[:ポウィス].スミスとE[:エドガー].J.グッドスピードの「アメリカ訳」

ア 標-アメリカ改訳委員会の「アメリカ標準訳」

欽定訳-キング-ジェームス訳(1611)

ユダヤ人出版委員会訳-「マソレチック写本による聖書」、アメリカ、ユ

           ダヤ人出版協会刊行

リーサー訳-アイザック・リーサーによる「聖書の二十四冊」

七十人訳-英語に転訳されたヘブル語聖書のギリシャ語七十人訳

モハット訳-ジェイムス・モハットによる「新しい聖書の翻訳」

ロザハム訳-J.B.ロザハムの「新しい翻訳によるエンハサイズド・バ 

      イブル」

改訂訳-アメリカ・キリスト教会全国評議会、改訂標準訳聖書

 この本に引用されている聖句のうち特記されていないものは、日本語

標準訳聖書(文語)からの引用です。

[4]

 目次                      ページ

第 一章 だれの御心?               5

第 二章 地上で行なわれねばならぬ理由       32

第 三章 聖所の必要                52

第 四章 神の御国の前影              81

第 五章 世界強国の行進              104

第 六章 最高至高者の御心を施行する王       128

第 七章 支配を行なう聖者たち           145

第 八章 反対の「小さな角」            168

第 九章 聖所をその正しい状態に回復する      189

第 十章 北と南の対立               220

第十一章 「終りの定められた時」          264

第十二章 聖所の「君」は立ち上がる         306

第十三章 聖所における現在の幸福          321

第十四章 御心が行なわれるときの地的な祝福     337

第十五章 あなたはだれの意志を支持するか      353

世界強国の年代表                  362

地図:

 バビロニア帝国                 173

 ペルシャ帝国                  176

 ギリシャ帝国                  196

 ローマ帝国                   200

 マッカビ時代のパレスチナ            245

 共産主義者の支配している国々          296

 ギリシャ諸帝国                 380

 大英帝国                    381

題目索引

聖句索引


第10章

北と南の対立 [220]

 1 第二次世界大戦以来、諸国家の二つの大きな群れの間の緊張と「冷戦」は、東対西と言われてきました。ダニエルに与えられた最終的な預言の幻は、それを北対南の決定的な争いと示しています。その預言のまぼろしが、詳細

[221] にいたるまで正確であるため、不信者たちはダニエルがその幻を受けて書きしるしたことを否定しました。「クリスチャンに反対する」と題する十五巻の本を書いた第三世紀(約西暦233年-304年)のギリシャの哲学者ポーヒリイ[:注釈:ポルフィリオス?!]は、その不信者の一人でした。

 2 ポーヒリイは、イエス・キリストを傑出した哲学者と認めましたが、ダニエルがダニエル書をしるしたというイエスの見解に同意しませんでした。ダニエルの最後のまぼろしは、シリアの王アンティオカス四世エピハネスを極めて正確に述べていたため、ポーヒリイはそれが霊感の下に事前に書かれた歴史と認めず、むしろ、事後の歴史と認めました。それで、ポーヒリイは、ダニエル書の筆者がさぎ師であって、エホバ神のみ使いからの幻を啓示された預言者の振りをしたものであると見なしました。しかし、ポーヒリイや彼に類する懐疑者たちの愚かさはばくろされています。どうしてですか。なぜなら、そのまぼろしは現在の二十世紀に起きている事柄をあらかじめに告げているのです。ダニエルは死んで、事後のことを書くことはできません。御使がダニエルに告げた言葉は真実でした、「(私は)……末の日にあなたの民に臨まんとする事を、あなたに悟らせるためにきたのです。この幻は、なおきたるべき日にかかわるものです」。--ダニエル、一〇ノ一三、一四、新口。

 3 七番目の世界強国で在る英米世界強国は、他ならぬエホバ神の御使いから次のことを学ぶべきです。すなわちそれ以前の世界強国は目に見えぬ悪鬼の君たちを持っていてその支配を受けていたということです。ダニエルの祈りに答えた神の御使いは、その様な悪鬼の君のため三週間妨害されました。この御使いは遅れた事をダニエルにこう説明しました、「ペルシャの国の君が、二十一日の間にわたしの前に立ちふさがったが、天使の長のひとりであるミカエルがきて、わ

___

1 2 (イ)ダニエルの最後のまぼろしは、諸国家の二つの大きな群れの間の争いをどのように示していますか。(ロ)ポーヒリイはダニエル書をどのように見なしましたか。しかし、彼の愚かさは、どのようにばくろされていますか。3 過去の世界強国を支配した目に見えぬ者はだれでしたか。御使いはこの事実をダニエルにどう示しましたか。

[222] たしを助けたので、わたしは彼をペルシャの国の君と共に、そこに残して置き……あなたは、わたしがなんのためにきたかを知っていますか。わたしは、今帰っていって、ペルシャの君と戦おうとしているのです。彼らとの戦いがすむと、ギリシャの君があらわれるでしょう。しかし、わたしはまず真理の書にしるされている事を、あなたに告げよう。私を助けて、彼らと戦う者は、あなた方の君ミカエルのほかにはありません」。この御使いがダニエルに現れたのは、ペルシャの王クロスの第三年ニサンの月の二十四日でした。--ダニエル、一〇ノ一ー四、一〇ー一四、二〇、二一、新口。………

[231]……

 20しかし、このことは何を示しますか。御使いは次のように語っています。「年を経て後、彼らは縁組をなし、南の王の娘が、北の王に来て、和親をはかります。しかし、その女は、その腕の力を保つことができず、また彼も、その腕も立つことができません。その女と、その従者と、その女を産んだ者およびその女を獲た者とはわたされるでしょう」。(ダニエル、一一ノ六、ユダヤ人出版協会訳)この「南の王の娘」は誰ですか。それは、エジプトのプトレミイ二世(フィラデルハス)の娘、ベレニスです。伝説によると、このエジプトの王はユダヤ人の臣下に対して親切を示し、霊感されたヘブル語聖書をギリシャ語に翻訳し始める手筈(てはず)をととのえました。この結果、有名なギリシャ語七十人訳ができました。ギリシャ語を話したクリスチャンは、西暦第一世紀にこの聖書訳を用いたのです。

……

___

20 この「南の王」の娘はだれでしたか。彼女の父親はどんな翻訳を始めさせましたか。

[246]

………

 52 ユダヤ教とローマ・カトリックの注解者たちは、最後の節(四十五節)にいたるまでのダニエ

____

 52 ユダヤ教とカトリックの注解者たちは、ダニエル十一章の残りの部分をどのように適用しますか。しかし、だれが、どんな預言を語ることによって、北の王の正体がそれから変わらねばならぬことをはっきり示していますか。

[247] ル書十一章の残りの部分の北の王アンテオカス四世エピハネスであると言います。しかし、十九節から二十節にかけて、「北の王」はシリヤのセレウカス王朝からローマに変わります。このローマは中東を支配するようになった新興の世界強国でした。北の王がダニエル書十一章四十五節まで同じでないことは明白です。なぜなら、イエス・キリストはダニエル書十一章について言及し、北の王が変化して、現代的になり、現在の二十世紀と同じぐらい現代的になると示したからです。イエスは、この世の「終りの時」に関してのすばらしい預言を述べ、ダニエル書十一章三十一節から引用しています。この預言は(西暦)三三年の春に与えられました。それはちょうどアンテオカス四世が西暦前一六三年に死んでから百九十五年後のことです。

………

…北の王の人物と国籍がかならず変わります。歴史的な事実によると、その変化は次の節ダニエル書十一章二十節で始まりました。その王はローマ人になりました。

[248] ……ローマの命令に服従しました。アンテオカス四世は、エジプトとの戦いで勝利をにぎり、エジプトの王になりました。すると、ローマ海軍は……アンテオカス四世が…エジプトの国から出よ、というローマ元老院の命令を伝えました。シリヤの王は、その命令に服しました。………

………

 55 ………西暦前三一年アクティウムの決戦が行なわれました。その戦いのときエジプトの女王クレオパトラはローマ人の愛人アントニーの海軍から逃亡し、彼は敗北しました。ジュリアス・シーザーの甥(おい)の子で、勝者であるオクタヴィウスは、エジプトを征服しました。西暦前三〇年、クレオパトラは自殺をとげ、エジプトはローマの属州になって新しい北の王の支配を受けるにいたりました。[:注解:以前の時ではこのようにローマが征服を遂げているが、のちの時には南の王が強くなるとダニエル書に預言されていると!!キッテムの船とか南の王も変化して??!]

 「契約の君」は砕かる

___

55 プトレミイ王朝は、どのくらいつづきましたか。エジプトは何になりましたか。

[249]………

 57「租税を取り立てる者」[:ダニエル、11:20:人頭税 ]をつかわすことは、西暦前二年になされました。クリスチャンの歴史家ルカは、この特定な出来事についての記録を次のように述べています。「そのころ、全世界の人口調査せよとの勅令が皇帝アウグストから出た。これは、クレニオがシリアの総督であった時に行なわれた最初の人口調査であった。人々はみな登録をするために、それぞれ自分の町へ帰って行った。ヨセフもダビデの家系であり、またその血統であったので、ガリラヤの町ナザレを出て、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。………

___

57 いつこの「租税を取り立てるもの」は「栄光の国」につかわされましたか。ルカはこのことについてどんな記録をのこしていますか。58 このクレニオは、いつローマの総督でしたか。なぜこの登録はアウグストの支配中もっとも重要な出来事のひとつで、ダニエルの預言中に述べられるだけの価値を持つものでしたか。

[253]……

 64「契約の君」でさえも破られて殺されました。これは、ローマの政治代表者たちが、職務につけたユダヤ人の大祭司ではありません。それは、地上の全家族を祝福するために、エホバ神がアブラハムとむすんだ契約の指導者でした。それは、この契約内に約束されたアブラハムのすえ、イエス・キリストでした。(西暦)三三年、ニサン十四日の過ぎ越しの日に、イエスはエルサレムにあった総督の邸宅(プラエトリウム)でポンテオ・ピラトの前に立ちました。ピラトは、テベリオ・カイザルを代表していた者です。ユダヤ人の祭司たちはイエスが皇帝に対する反逆の罪を持つ者である、とピラトに告訴しました。イエスは、ローマの総督にこう語りました、「わたしの国はこの世のものではない………わたしの国はこの世のものではない」。ローマの総督が、無罪のイエスを釈放するのを阻止するため、ユダヤ人たちはピラトにこう叫びました、「もしこの人を許したなら、あなたはカイザルの味方ではありません。自分を王とする者はすべて、カイザルにそむく者です。……わたしたちには、カイザル以外に王はありません」。ラエ

___

64 また「契約の君」はどのように彼の前で「破られ」ましたか。

[254] サ・マジェスタス(「尊厳の毀損(きそん)」)という最新の法律に従がい、ローマの総督はイエスを渡して「破らせ」、苦しみの杭の上にかけさせました。--ヨハネ、一八ノ三六。一九ノ一二ー一六、新口。マルコ、一五ノ一四ー一八。

 65 テベリオ皇帝は、極めて疑い深い人でした。彼はラエサ・マジェスタスの法律の中に、テベリオに対する非行を含め、また情報制度(告訴)をも推励しました。国は警察国家のようになり、彼の帝国支配の後半期は、恐怖の時代になりました。ローマ人の著述家、大ブリニイは、テベリオを「最も陰うつな人」と呼びました。彼は打ちとけない男で、他の人と考えをかわさず、閉じこもっていたので、人々は彼を理解できず、彼には人気がありませんでした。

………

___

65 なぜラエサ・マジェスタスの法律がつくられましたか。なぜテベリオ・カイザルは不人気でしたか。

[255]……

 67 「不意にその州の最も肥えた所に攻め入り、その父もその父の父もしなかった事をおこない、その奪った物、かすめた物および財宝を、人々の中に散らすでしょう。彼はまた計略をめぐらして、堅固な城を攻めるが、ただし、それは時の至るまでです」。(ダニエル、一一ノニ四、新口)………

 68 テベリオ皇帝は、ローマの領土にたえず細心の注意を払いました。テベリオが死んだとき、彼の支配をうけた帝国内の国民は、繁栄を楽しんでいました。そのような繁栄は、アウグストのときでも、それ以前および以後でも、二度とない繁栄でした。政府の経済が引きしめられていたため、税金は軽く、またテベリオは時勢が非常に悪い場合には寛大な態度を示しました。兵士であろうと、総督であろうと、あるいは他の役人であろうと、もしローマ帝国の代表者が、下位の者を圧迫して、不正な仕方で物事を取りあつかったなら帝国からの罰を受けることは必至でした。権力がしっかり握られていたため、イタリー内でも外国の地でも一般人は安全で静かな生活をすることができました。通信制度の改善は、商業を助けました。皇帝は、ローマの厳格な美徳により、ローマ内外における支配が公平にしかも着実に行なわれるようにしました。多くの面で法律

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67 68 彼は、どのようにその州の最も肥えた所にはいり、彼の父も、その父の父もしなかったことを行いましたか。

[256] は改善され、また、カイザル・アウグストの始めた改良政策をつづけるとともに、さらに一段と進歩させたので、社会的な関係や道徳的な関係は守られました。しかしながら、ローマの歴史家タシタス[:ラテン語:タキトゥス]は、テベリオの人格を「最初から学んで身につけた虚偽と偽善の人」と述べています。彼は暴君と考えられました。そして、西暦三七年、三月の下旬に死んで後は神格視されませんでした。彼は「卑しむべき人」でした!

………

[257]……

 70 エホバの御使いは、予言的な北の王の活動について予告し、ダニエルにこう告げ…「…大軍をひきいて南の王を攻めます。南の王もみずから奮(ふる)い…陰謀をめぐらす者があるので、・・立ち向かうことができません。……その軍勢は押し流されて、多くの者が倒れて死ぬでしょう」。(ダニエル、一一ノ二五、二六、新口)……彼の直面した大問題のひとつは、シリア砂漠内のパルミラにいたセプティミア・ゼノビア女王でした。昔の町パルミラは、…戦争のおかげで、具合良く進歩をとげることができました。ハドリアン皇帝が、西暦一三〇年頃に……重要な軍事基地になったのです。…パルミラはしばらくのあいだ政治的な重要性を持ち、数年のあいだ東ローマに従属しました。しかし、ゼノビア女王は野心を抱いたため、それはローマにとって危険になりました。……

 71 彼女の軍総司令官は、…パルミラの軍隊は、西暦二七〇年にエジプトを占領しました。それは、ローマのエジプト支配を堅固なものにす

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70 ダニエル書十一章二十五節とともに北の王はだれになりますか。彼の支配中、だれの野心は帝国に対する危険になりましたか。 71 ゼノビアとその息子は、ローマ帝国に対して、どのように南の王の立場をとりましたか。

[258] る、と言う口実でなされました。……ゼノビアが、この征服を指揮し、彼女の息子は王の称号を取ってエジプトを支配し、その母親は女王の称号を受けました。……ゼノビアはオーガスタすなわち皇后と呼ばれるようになりました。アウレリアンが(西暦)二七〇年にローマ皇帝になったとき、彼は北の王になりました。ゼノビア女王の野心に満ちた政策は、ローマ帝国の一致を危険なものにすると、彼はすぐに悟りました。彼の統治二年目にゼノビアはアウレリアンとの不和は生じました。南の王としての立場を取ったゼノビアは、いま北の王からの侵入に直面しました。彼女は、砂漠地方のアラブ人とエジプト人とを一致させることにより、この世的に偉大な者になっていました。……シリア人の忠節には強い確信を持つことができなかったのです。

 72 ……ゼノビアとその将軍は、エメサ(今のホメス)で敗北し、パルミラに退却しました。この町は砂漠で守られていましたが、アウレリアンは十分の食物が貯えられていたこの堅固な町をついに取り囲みました。この包囲を受けて、ゼノビアの勇気はくじけました。彼女とその息子は、町を抜け出て逃げ去り、…ローマ軍は、ユフラテ河の堤の上で彼らを捕えました。一方、包囲攻撃さ

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72 北の王は、何をふるい立たせましたか。南の王は、どのように準備しましたか。その戦いの結果は何でしたか。

[259] れたパルミラ人たちは、戦意を失なって、西暦二七二年にその町を放棄しました。アウレリアンは、ゼノビアを殺さず、ローマに連れて行って、西暦二七四年帝国首都で行なわれた大凱旋行進の見せものにしました*。その後、彼女がローマの一婦人としての余生を過ごすことは許されました。

 73 南の王の役割をつとめたゼノビア女王は、ローマの軍隊に立ち向かうことができませんでしたが、一方彼女を征服したアウレリアン皇帝も陰謀者たちに立ち向かうことができなかったのです。ローマの元老院はローマ帝国の復興者という称号を彼に与えました。……アウレリアンは、ある非行についての説明を求めるために秘書のエロスを呼ぶところでした。エロスは、死刑に処すべき人々の表を偽造したので、将校たちは皇帝に対する陰謀を企てるように…彼らはのこの表を見たため、皇帝を暗殺しました。

 74 北の王の歴史はアウレリアンで終ったわけではありません。他の皇帝たちが彼の後につづきました。そして、しばらくの間は、…西の皇帝と東の皇帝がいました。これらの皇帝たちが…予言されていたごとく、北方の野蛮人の侵入により、押し流され、殺されました。これらの侵入は、第四世紀まで押し止められていましたが、

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*シー・ティー・ラッセル著「なんじの御国が来るように」(英文1891年)33,34頁。

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73 彼の食物を食べた者たちが彼を滅ぼしたため、北の王は、どのように立ちませんでしたか。 74 北の王がさらに表われたことに関して、「他の軍隊」はどのようにみなぎりあふれて多数の者が殺されることになりましたか。

[260] それ以後野蛮人は侵入に成功しました。ゴート人あるいはゲルマン人は、ローマの軍隊がもはや不敗のものでないことを知りました。一 [:ひと] たびローマの国境を破ってからは、侵入は次から次に行われました。彼らはローマ帝国の西部を寸断し、ゲルマンの王はイタリー、英国、ゴール、スペイン、そして北アフリカの支配権をにぎりました。ローマ帝国の東にあったコンスタンチノープル(ビザンチウム)は、恐ろしいフン人アッチラの前に陥落しました。アッチラは、それから更に西方に向かって進撃しました。[:北イタリアのロンバルディアのアルプスの谷合にはアリウス主義が根強く生き残って、ワルド派の結果に成った。教皇に異議を唱える、旧約聖書の反三位一体のヱホバの主義みたいに??!アリウス派は旧約のヱホバの神の主義と同一視できると!!だったからイエズス会がウルトラモンタニスムなんだ??!だったから、ドイツ(ゲルマン:アリウス派)人グーテンベルクが印刷したのは旧新約聖書で!!]

 75 コンスタンチン皇帝(三二四-三三七年)は通俗化したキリスト教に国家の承認を与え、西暦325年にビザンチウムから百マイルとはなれていない小アジア、ニコメディアのニケーア会議ではその議長の役をもつとめました。後に、彼は王宮をローマからビザンチウムに移しました。西暦三二〇年、五月十一日彼はその地に帝国の首都を設立し、それを新しいローマすなわちコンスタンチノープルとしました。しかし、そのときはまだローマ帝国は一つだけでした。それから後の皇帝セオドシウスが三九五年一月十七日に死んでから、帝国はついに息子たちの間で分割されました。ホノリアスは西方の地を受け取り、アーカディアスはコンスタンチノープルに首都を持つ東方の地を受けとりました。エジプトは、コンスタンチノープルに首都を持つ東方の一部になりました。(西暦)六四一年へラクリアスが…首都アレキサンドリアは、回教徒のサラセンの前に陥落しました。そしてエジプトはモハメットの後継者たちの支配を受けるようになりました。それからずっと後の一五一六・一五一七年に、エジプトはトルコの領土の一部になり、パシャの支配を受けました。第一次大戦が一九一四年に始まったとき、エジプトはトルコの属国で、クヘディグすなわち総督の支配を受けまし

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75 ローマ帝国は、遂にどのように二人の皇帝を持つ二つの部分に分けられましたか。エジプトはついに英国の支配をどのように受けるようになりましたか。

[261] た。総督アバス・パシャは、ドイツ人の側に立ったため[:注解:トルコが東ローマ、と言う意味も在ったろう。]、同年の十二月十八日に免職されました。そして、特にスエズ運河の保護という見地から、エジプトは英国の委任統治国と宣言されました。

 76 コンスタンチン・ピー十二世は、東の最後の皇帝で、一四四八年に王位につきました。回教徒はコンスタンチノープルを占拠するために、幾度も努力をくり返してきました。彼等は、幾世紀にもわたる企ての後についに成功しました。トルコ人のサルタン・マホメット(モハメット)二世は、五三日にわたる包囲攻撃をして、一四五三年五月二十九日に占拠しました。コンスタンチノープルが占拠されて、東ローマ帝国はたしかに終了しました。

 77 ローマ帝国の西の部分ではカトリックのローマ司祭の中から、一人の新しい宗教的、政治的な人物が生じました。特に大法王レオ一世とともに起こりました。彼は第五世紀に法王制度を設立した者として有名です。時たつ中に法王が西ローマ帝国の皇帝に王冠を着けるようになりました。法王レオ三世は西暦八〇〇年のクリスマスの日に、ローマで、フランク王チャールス(シャルルマーニュ)に王冠をつけて、西ローマ帝国の皇帝にしました[:ローマにての戴冠の再開始?!]。法王レオ三世は、次のように語りました。「アウグスト・チャールスへ。神により王冠をつけられ、大いにして平和の皇帝。いのちと勝利あらんことを」。それより後、政治支配者は、「神の恵みにより」支配すると考えられました。しかし、最近の一歴史家は次のように述べています、「シャルルマーニュの戴冠は、さん奪であった。なぜなら、コンスタンチノープルにあった政府は、当時でもローマ帝国内の合法的な支配権威であったからだ」。当時、女のさん奪者イレーネ皇后(七八〇-八〇二年)が、コンスタンチノープルの王位についていたので、この歴史の言葉は事実です。この時以後、東の帝

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76 いつ、そしてどのように東ローマ帝国は終わりましたか。 77 新しい政治的、宗教的な人物は、どんな司祭の中から生じましたか。東の帝国および西の帝国と言うのは、いつ適当になりましたか。

[262] 国と西の帝国と語るのは適当です。両方の帝国ともキリスト教を主張しました。シャルルマーニュは、自分の徽章内のわしに二番目のかしらをつけ加えました。これは、ローマ帝国とドイツ帝国が結ばれたことを示すためです。

 78(西暦)九一一年、西の帝国の皇帝は選挙によって選出されるようになりました。それから五世紀ののち、オーストリヤのハプスブルグ家のものは皇帝の地位を占め、神聖ローマ帝国が解体した一八〇六年までそれを保持しました。ドイツ帝国は、オットー大帝の支配中に神聖ローマ帝国というその称号を受けました。九六一年、彼はイタリアの王として即位しました。そして、九六二年の二月二日、ヨハネス十二世法王は、ローマで彼に冠を与え[:ローマに於ける戴冠の、本再開始!!~~ものみの塔出版物から~~]神聖ローマ帝国の皇帝オットー一世としました。それはドイツ国家の神聖ローマ帝国として知られるようになり、その首都はドイツにあり、その皇帝と臣民の大部分は、ドイツ人でした。それで、オットー一世の支配権下にドイツとイタリアは、親密な関係を持ちました。しかし、ドイツの方が上位に立ちました。というのはイタリアはついには征服国として取り扱われたからです。ナポレオン・ボナパルトは一八〇六年に神聖ローマ帝国を終了させました。フランスの皇帝ナポレオンが神聖ローマ帝国の存在を認めなかったとき、フランシス二世皇帝は神聖ローマ帝国に対するドイツ諸州の忠節の義務を解消しました。彼はローマ皇帝の高位を辞任し、オーストリアの皇帝として自分の国家政府に戻りました。それで、ローマ・カトリックの法王とフランクのシャルルマーニュによって設立された神聖ローマ帝国は、一〇〇六年間の存在の後にみじめな終末を迎えるにいたりました。それは、神の千年王国ではないことをばくろしました。

 79 一八七〇年、イタリアはバチカンのローマ法王から独立している国として設立されました。

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78 西の帝国の皇帝が選挙によって選ばれるようになったとき、ついにはだれが皇帝の地位を持つようになってその終わりにいたりましたか。ドイツ国家の神聖ローマ帝国は、どのように設立されましたか。そして、終りましたか。 79 いつ新しいドイツ帝国は設立されましたか。どんな三国同盟がつくられましたか。

[263] 翌年、新しいドイツ帝国が始まりウィルヘルム一世はシーザーまたはカイゼルと宣言されました。近代における北の王が、だれであるかが分かってきました。時たつ中にドイツ、オーストリア-ハンガリー、そしてイタリアは同盟を結びました。第一次世界大戦は、その同盟国家内に勃発したのです。

 80 大英帝国は、十七世紀の初頭に帝国の権力をにぎり、聖書の歴史上で第七番目の世界強国の地位を占めるにいたりました[:注解:最新の理解は、主の日の初め頃、すなわち1914年以降、英国と米国??!は第七世界強国になったと?!:「いまだ到来していない…少しの間とどまらなければならない…」という啓示の言葉(17:10)は、主の日の間中に成就するという意味だと!!] 。アメリカ合衆国は、第七番目の世界強国に加わって、英米両国の世界強国を形成しています。英国とナポレオン・ボナパルトとが戦争した時、英国の軍隊は、一七九八年にエジプト全地を占領していたフランス人をエジプトから追い出しました。エジプトはトルコの支配下に再び入りましたが、一八八二年以来実質的には英国政府が、エジプトを支配しました。エジプトは自国の総督よって支配されましたが、実際のところ英国の従属国でした。なぜなら、英国の軍隊はエジプトに駐屯し、英国の意志が尊重されたからです。一九一四年、エジプト人の総督は、第一次大戦でドイツに荷担したトルコ側に立ったため、英国はエジプトを占拠し、[:トルコ人の??!ヘディーウ(クヘディグ??)、] 総督を排斥して、エジプトを英国の保護国と言明しました。このようにして民主主義の英国とアメリカは、預言的な北の王の敵対者となり、両者は南の王の立場を占めるにいたりました。

 81 この見地から判断すると、ペルシャのクロス大王の統治の三年目に、エホバの御使いがダニエルに与えた歴史的な先見の残りの部分は、この古い世の「終りの定められた時」にいる私たちにとってきわめて重大な意味を持つものです。--ダニエル、八ノ一九。

___

80 第七番目の世界強国は、どのように存在するようになりましたか。特にいつ、それは南の王の立場を取るようになりましたか。 81 この見地から判断するとき、ダニエルの預言の残りの部分は私たちにとってどういう意味を持ちますか。

第11章

「終りの定められた時」[264]

 1「終りの定められた時」、北の王と南の王との間の冷たい戦争および熱い戦争は、現代の人間のつくりあげた文明を破滅の危機におとしいれています。二人の王は欺瞞に満ちる外

[265] 交と戦争を行なってきました。彼らは人類の福祉に考慮を払わないばかりか、全地の正しい政府である神の御国に対しても敬意を払いません。神の御使いは、長期間にわたる預言の中、私たちの時代に当てはまる部分について、預言者ダニエルにこう語りました。「このふたりの王は、害を与えようと心にはかり、一つの食卓に共に食して、偽りを語るが、それは成功しません。終わりはなお定まった時の来るまでこないからです」。--ダニエル、一一ノニ七、新口。

 2 一八七一年一月一日にドイツ帝国が再建されてからまもなく、この北の王の関心事は、現代の南の王、英米世界強国の関心事と衝突するようになりました。ドイツ人による北の王は、かって存在した第六番目のローマ世界強国を最も活発に、そして最も力づよく擁護する者でした。一八七一年の十月にドイツの国会が開かれたとき、ウィリアム一世皇帝は、「新しいドイツ帝国は、信頼するに足る平和の盾である」との確信を述べました。このことは真実でしたか、または偽りのものでしたか。

 3 北の王と南の王は「ひとつの食卓」にすわり、相互の契約をむすんで、友好関係を表明しました。しかし、彼らの心は害を与えようとはかっていました。たがいどおしに対する害でなかったとするなら、祈り求めてきた約束の神の御国にたいして、害をはかったことは間違いありません。ふたリの王は、「神の恵みにより」支配し、「神の定めた上なる権威」として、神権の支配をすると主張しました。(ローマ、13:1)南の王は、すでに世界帝国の地位をにぎっていました。それは、その時までの世界帝国中最大の帝国です。それは新しいドイツ連邦共和国すなわちドイツ帝国の興隆に怒りました。

 4  一八八八年、ウィリアム一世の孫はドイツの帝位についてウィリアム二世になりました。一

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1 この「終りの定められた時」に、北の王と南の王との戦いは、何を脅かしましたか。そしてなぜ? 2 1871年以来、どんな関心事が衝突し始めましたか。しかし、平和についてのどんな確信が述べられましたか。  3 どの面でこの二人の王の心は害を図ろうとしましたか。

[266] 般にはカイゼル・ウィルヘルムと呼ばれます。一権威者は次のように言っています。「彼は王の神権、特にカイゼルの神権をかたく信じていた。彼はしばしば自分が『主に用いられている者』であると語り、軍隊に特に異常な興味を持った。……しかし、彼の利己的な野心には果てしがなかった。統治し始めた最初の日から、彼が世界支配を計画したことは一般に認められている。彼は次のごとく決意したのだ。すなわちウィリアムである彼は、一人間が最高の地位に立ってドイツを支配するだけでなく、ドイツを通して文明の地を支配し得ることを世界に示したかったのだ」。*「彼は『創造者だけに対して極めて重い責任を持つ。そして、いかなる人間も、大臣も、国会も、国民も主権者からその責任を取り去ることができない………』と言明した。」*。*(*アメリカナ百科事典第二九巻、三三三頁b。**アメリカナ百科事典第十二巻、五二〇頁b。)彼は強力で訓練の良く行きとどいた軍隊をつくりあげ、それに大きな自信を抱きました。また彼は、強力な海軍を建設し、多数の潜水艦を建造しました。彼はドイツ連邦の商業と植民地の拡張をはかりました。彼は帝国の影響をトルコと小アジアに伸ばし、ペルシャ湾に達する直通の鉄道路を求めました。彼は極東、アフリカそして南アメリカに手をのばしてドイツの利益を図ろうとしました。害を与えることが始まリました!

 5 両方の王とも国際調停のヘーグ法廷[:オランダのハーグの常駐国際司法仲裁裁判所:一審制:終局には全ての全世界の戦争を裁くのでは無くって、出議制にしようと各国の同意を取り付けたと!!]の成員になりました。それで、両者は互いに対し及び他の国民に対し平和な関係を持っているように見せかけていましたが、「神との平和」または神の来るべき御国との平和な関係をもっていませんでした。彼らが「一つの食卓」で外交的に「偽りを語る」のが精々のところでした。真理の食卓である「エホバの食卓」で語るのでは無く、「悪

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4 カイゼル・ウィルヘルムニ世が、何を計画したことは明白ですか。その目標に向かって、彼はどんな行動を起こしましたか。 5 どんな「一つの食卓」に二人の王はすわりましたか。彼らは、そこで何を語りましたか。

[267] 鬼の教え」の食卓である「悪鬼共の食卓」で語るのです。(コリント前、10:20,21。テモテ前、4:1,2。マラキ、1:7,12)しかし、たがいに対して、またエホバ神とエホバ神のキリストに対して、言葉と行いの面で偽っても、平和な世界は来ませんでした。また、神とそのキリストによる来るべき御国に心から進んで従がいませんでした。政治力、商業力、そして軍事力を永久に保つこともできませんでした。なぜなら、両方の「王」の終わりは、エホバ神によって「定められた時」に来るからです。

 6 エホバの御使いは、北の王を心にとめつつ、ダニエルにこう語りました、「彼は大いなる財宝をもって、自分の国に帰るでしょう。しかし、彼の心は聖なる契約にそむき、ほしいままに事をなして自分の国に帰ります」。(ダニエル、11:28,新口)カイゼル・ウィルヘルムは国に帰りました、つまり昔の北の王の持っていた地的な状態に返りました。彼は絶対的な帝国支配形態をきずきあげ、ドイツ連邦を強化し、その影響を全世界に及ぼしました。この行ないにより、ドイツ帝国は「大いなる財宝」を多くの面で得ました。彼は、オーストリア-ハンガリー、イタリーそしてドイツの間で結んだ三国同盟内で、ドイツを主要成員国となし、バチカンの法王の後援を受けたのです。ここに一権威者の言葉を引用します。

 7「注目すべきことは、皇帝は三国同盟を維持するにあたってビスマルク(首相)の政策に従ったことである。……ビスマルクの(反カトリック)文化闘争については、ウィルヘルムは賢明にも妥協譲歩と言う手段によって、それを取り除いた。ウィルヘルムは、そのことから益を受けたのである。すなわち、彼の反革命政策においてバチカンとドイツの学校を明白に同盟させ、学校自体を改造したのである」。(アメリカナ百科事典第29巻、333頁。a)

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6 7 (イ)北の王はどのように「大いなる財宝をもって、自分の国に帰り」ましたか。(ロ)彼は、どんな宗教上の有力者の恩恵を得ましたか。

[268]  8 イタリアだけでなく、オーストリア-ハンガリーもローマ・カトリックのバチカン法王とは、親密な間柄であったため、法王がその三国同盟(ドライブンド)を支持後援することは当然でした。この三国同盟は、新教徒の英国、フランス共和国、そしてロシヤ正教のロシヤ帝国との間で設けられた三国協商[:個人注:ドライバーバンドと言う??!]と南の王に対抗するものでした。

 9 再興したドイツ帝国の初期、実際に一八七七年以来エホバの献身した「聖所」級の者は、異邦人の時である「諸国民の定められた時」が一九一四年に終わる事を、出版物の中で明白に言明していました[:1876年、バイブル・イグザミナー誌の中で、ラッセルの寄稿により1914年に言及する最初の言及があり、「1914年迄は天の神の王国は全的支配をしないであろう」と言われていた:ラッセルはアドヴェンチストみたいに、個人霊感があって、言葉を残した?!キリスト臨在の期間と全き終わり?!の概念は正しいと!!] 。その一九一四年、神の御心が地に成るため神の御国は、天で完全に設立されました。これは、永久の相続者イエス・キリストの手中にあり永遠の御国をつくることに関する、ダビデとむすんだエホバの契約と一致調和するものでした。(サムエル第二7:12-16。詩編89:28-37。ルカ、22:28,29)カイゼル・ウィルヘルムやこの世の他の支配者たちは、異邦人の時が一九一四年に終わるというエホバの聖所級の音信を軽べつしました。しかし、ものみの塔聖書冊子協会は一九〇三年以来ドイツのバーメン・エルバフェルドに強力な支部事務所を持っていました。北のドイツ王の心がエホバ神の神聖な御国契約に反対していたことは否定の余地がありません。カイゼルは、イエス・キリストが一九一四年に天で即位したとき、帝国の主権を彼に渡すことを計画しませんでした。カイゼルはイエス・キリストが全地を支配する御国の正当な相続者と認めなかったのです。それで、彼は「事をなして」、ドイツのカイゼルによる自分の支配という自分自身の計画に戻りました。商業上での競争を行ないまた軍事的な力をきずきあげて、彼は熱い戦争である第一次大戦の種子を播きました。

 10 世界支配の論争は、ふっとうしてきました。普仏戦争が始まって、ドイツ連邦が再び生じ始め

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8 法王は、三国同盟と三国協商のどちらを支持しましたか。そして、なぜ? 9 この北の王の心は、どのように「聖なる契約」にそむきましたか。 10 1870年以来、世界支配の問題は、どのようにふっとうしたものになりましたか。

[269] た一八七〇年以来一九一〇年までの四〇年間に、「欧州人による世界支配」は、それ以前の四世紀中に行なわれた以上に、さかんに行なわれました。(カールトン・ジェー・エイチ・ヘイエス著「一八七〇年以来の現代欧州」(英文)(一九五三年)二六四頁。)その原因は物質主義でした!すでに一八九五年にカイゼル・ウィルヘルムは、「ドイツ帝国は世界帝国になった」、と言明しました。(同じ本一四九、一五〇頁。)彼は中東とも関係を持つようになりました。なぜなら4年の後にはドイツ人銀行家たちは、コンスタンチノープルの反対側にあるボスポラス海峡からアジア・トルコを横断し、東南に下ってメソポタミア(今のイラク)にあるバグダッドまでたっする鉄道建設の同意をトルコ王から得ました[:注解:ドイツのBerlin(ベルリン)Byzantium(ビザンチウム)Baghdad(バグダッド?=バビロン??!)政策??!鉄路による、「3B政策」。対する英国の政策は、航空機による、「3C政策」。カイロ、ケープタウン、カルカッタ(コルコタ??!)]。彼は将来の帝国運輸制度を見通して、「ドイツの将来は水にある」と言いました。彼の軍艦の総トン数は、英国の次位を占めるようになりました。南の王は心配げな態度で見守りました。

 11 可燃性の資材がそんなにも多く積み上げられたので、ちょっと火をつけるだけで世界的な大火が生ずるでしょう。一九一四年六月ニ十八日、オーストリア大公フェルジナンドとその妻がボスニアで暗殺されたことはそのきっかけの火になりました。ドイツの同盟国オーストリア-ハンガリーは、一九〇八年にボスニアを併合していました。北の王は、この機会をとらえて、世界支配の計画を実行し南の王を打ち負かそうとしました。エホバの御使いは、次のように告げました。「定まった時になって、彼はまた南に討ち入ります。しかし、この時は前の時のようではありません」。(ダニエル、11:29,新口)「定まった時」は一九一四年です。神の定めた時間によると、「諸国民の定められた時」である二、五二〇年は、一九一四年の秋に終りました。神の御国の干渉なしに彼らが地上を支配することに対するエホバ神のゆるしは一九一四年になって終りました。それは、西暦前六〇七年から「七つの時」がたっていました。この西暦前六〇七年、異

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11 世界の戦乱は、ついにはどのように点火されましたか。それは、どうして「定められた時」でしたか。

[270] 邦人はエルサレムにあったエホバの模型的な国をくつがえして、その町の中にあったエホバの模型的な聖所を滅ぼして、ユダヤの国を荒廃せしめました。--歴代第二36:17-21。ルカ、21:24。

 12 それで、一九一四年の秋は、エホバの御国が復興されるエホバの定められた時でした。それは地上のエルサレムで復興されるのではなく、天のエホバ神の右にあって復興されるはずでした。そのところでエホバの御子イエス・キリストは、敵が彼の足台になることを待っておられました。--詩編110:1。ヘブライ10:12,13。

13 1914年、「聖所」級のエホバの民が宣べ伝えていた神の御国が建てられるときの近づいたことに、「キリスト教国」の諸国民はよろこんでいましたか。神のみ前のみくらに坐っていた象徴的な二十四人の長老たちは、よろこんで言いました。「今います方、昔いました方、エホバ神全能者よ、あなたが大いなる権力を取って王としておさめはじめられたことを感謝します」。しかし、諸国民はよろこばないだろう、と予言は告げていました。「しかし、諸国民は怒り、またあなたの怒りも来ました。そして……地を滅ぼす者たちを滅ぼし給(たも)う定められた時が来ました」。(啓示、11:16-18,新世)1914年の秋に「七つの時」が終る以前でも、諸国民は復興される神の御国をたたえて受け入れようとはしなかったのです。

 14 オーストリア-ハンガリーはその王位相続者が殺されたので、七月二八日にセルビアに宣戦を布告しました。ドライブンドの加盟国ドイツは、オーストリア-ハンガリーを支持して八月一日にロシアに[:注解:ロシアが凡スラブ主義によって、セルビアを援助した??!とも思われると!!]、八月三日にフランスに宣戦を布告しました。翌日英国で代表された南の王はドイツに宣戦を布告しました。ドライブンドの加盟国イタリアは、中立を宣言しましたが、翌年には

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12 1914年の秋は何が復興される時でしたか。  13 御国が1914年に設立されたとき、キリスト教国の諸国民は「二十四人の長老たち」のよろこびを分かち合いましたか。  14 北の王は、どのように1914年には「もどって南にはいり」ましたか。

[271] 南の王に加勢しました。トルコとブルガリアは、ドイツに加勢しました。その後、英国はエジプトを占領して保護領としました。それは、パレスチナにいたカイゼルとトルコの軍隊がスエズ運河を横断して、昔の南の王の位置であったエジプトに侵入することを阻止するためでした。英国がエジプトを支配するようになったため、南の王はいまは、自由資本主義企業をともなう自由民主主義または憲法支配を表わしました。

 15 それで、一九一四年におけるこの「終りの時」に北の貴族的な王にとっては、聖書歴史上第六番目の世界強国、すなわちローマ帝国が世界強国であった「前の時」と同じではありません。この「終りの時」に、第二流の北の王は、七つの世界強国中、最大な強国である第七番目の世界強国である南の王と面することになりました。それだけではなく、一九一四年十月一日頃から[:注解:1999年版「ダニエルの預言」の本では、p,97頁第secc,28節「1914年、ティシュリの15日に、[:現今修正グリゴリオ暦の??!]10月4日から5日にかけて[:異邦人の時は]終わりました。」-ものみの塔出版物]、北の王はエホバ神の復興した御国に直面することになりました。この御国は、宇宙的な主権のために天で支配し始めました。

 16 御使は、以前とは異なるということを注解して、ダニエルにこう告げました、「それはキッテムの船が、彼に立ち向かって来るので、彼は脅かされて帰り、聖なる契約に対して憤り行なうでしょう。彼は帰っていって、聖なる契約を捨てる者を顧み用いるでしょう」。(ダニエル、一一ノ三〇、新口)北の王は、世界第二番目に大きな海軍や数多くの戦争用のUボートを持っていましたが、彼に立ち向かってきた「キッテムの船」に対抗することができませんでした。1914年の十一月五日、大英帝国は、キプロスの島を併合し、ドイツに加担したトルコをしめ出しました。しかし、「キッテムの船」は、昔のキッテムであったキプロスの船ではありません。ユダヤ人の歴史家ヨセハス[:ヨセフス]によるとキッテムという言葉はキプロスに適用されただけではなく、イタリーの港

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15 北の王にとって、「終りの時」どのように「前の時」のようではありませんでしたか。 16 始めは、北の王に立ち向かってきた「キッテムの船」は、主として何でしたか。

[272] 湾にも適用されました。興味深いことは、イタリアはロンドン条約に従い、1915年に英国に荷担した、ということです、かくして、ローマ海軍は南の王といっしょに戦争に加わりました。しかし、「キッテムの船」は最初は主として大英帝国の海軍でした[:W[est-Coast-Land沿岸線国地帯]の西[洋海岸線国地帯]のEsp[eciallicity]、特[に]、国々の船。ゾンダーヴァン図解聖書辞典ー「ダニエルの預言に~」~の本。1999年。p,262頁。] 。

 17 一九一五年の五月七日に、ドイツの潜水艦、U-20が英国クナード会社のルジタニア号をアイルランドの沖合いでしずめて百二十四人のアメリカ人を殺して後、さらに多くの「キッテムの船」が西方から来ました。外交上の論戦がアメリカとドイツの間で起こりました。事態は悪化して一九一六[:七] 年四月六日、アメリカのウィルソン大統領は、ドイツと交戦状態であることを宣言しました。それから、アメリカの軍艦は西から来て北の王と敵対し、アメリカの軍隊は欧州大陸に上陸しました。南の王である英米両国の世界強国は、いまや敵対する王に対して全力をかたむけて戦いました。しかし、一九一六年の九月、英国は装甲された陸上の軍艦とも言うべき奇妙なものを登場させて北の王に立ち向かいました、それは、牽引車とも言うべき「タンク」でした。

 18 意義深いことは、一九一七年にロシヤの皇帝が退位して後、カイゼル・ウィルヘルムはニコライ・レーニンをスイスから呼び、ドイツおよびスウェーデンを通ってロシアに遣わしたということです。それはロシアの軍隊を弱化させて、破壊するために過激主義すなわち共産主義をひろめるためでした。(アドルフ・ヒットラーの協力者ルーデンドルフ将軍は、その回顧録の中で、そのように言っています)北の王はこの戦略を用いて、世界共産主義を援助しました。

 19 しかし、一九一八年の十一月北の王は「脅かされて」かえりました。彼は戦争に敗れて敗退しました。父親のフレデリック三世が、一八八八年に死んで以来、支配を行なってきたカイゼル・

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17 第七番目の世界強国が北の王と全面的な戦争を行なったとき、さらに多くのキッテムの船は後日どのよう来ましたか。  18 一九一七年、北の王はどのように世界共産主義を援助しましたか。  19 いつ北の王は「おびやかされて帰り」ましたか。そして、どのように、またどんな世界の出来事により一九一四年は重要な意味を持つものと示されましたか。

[273] ウィルヘルムは、退位して外国に亡命し、ドイツは[:ワイマール] 共和国になりました。それで、第一次世界大戦は終わりました。[:個人注解:第一次大戦は停・戦・状態だったこと!!二度目の大戦は第一次大戦を確・認・するものであったことなどは「論じる」の本も同じ証言をしている!!「論じる」p,121頁sec2節!!不確実性の時代!!からの引用!!]しかし、食糧不足、疫病、そしてエホバの聖所級に対する迫害と共に西暦一九一四年が「七つの時」「諸国民の定められた時」の終わった年であり、神の御国が天で生まれて、悪魔の支配するこの古い世が、「終りの定められた時」にはいった年であることが、はっきり示されました。--マタイ、24:7-9。ルカ、21:10-17。

 20 カイゼル・ウィルヘルムの場合、彼は聖なる契約に敵対の心をいだいていました。(ダニエル、11:28)彼は亡命者として一九四一年六月四日に死にました。しかし、北の王が「聖なる契約」に対して憤り、事を行なう」とは、どういうわけでしたか。これは、オーストリア人、アドルフ・ヒットラーが、フランツ・フォン・パーペンなどのドイツ・カトリック政治家たちの援助を受けて権力をにぎったことにより生じました。一九三三年の一月、フォン・ヒンデンブルグ大統領は、シュライハーを職務から追放し、ヒットラーをドイツ宰相、フォン・パーペンを副宰相に任命しました。それから、ヒンデンブルグ大統領は、次のように言明しました、「諸君、今から神と共に前進!*」それは実際には『神に反対して前進!』でした。その時までには、ドイツ内のエホバの証者の数は、一万九千ニ百人以上で極めて顕著な存在になっていました。ナチ・ヒットラー総統が最初に行った事のひとつは、エホバの証者を禁ずること、エホバの証者の証言の道具を没収すること、エホバの証者を牢獄や収容所に投げ込むことでした¥。一九三三年四月一日ヒットラーは独裁者になりました。ドイツ帝国会議は立法権力をヒットラー政府に四年間与えた

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*シー・ジェー・エッチ・ヘイエス著「一八七〇年以来の現代欧州」(英文)五八三頁を見なさい。

¥ 一九三四年度の「エホバの証者の年鑑」(英文)一二七-一四六頁を見なさい。

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20 カイゼル・ウィルヘルムが追放されたいま、北の王が「聖なる契約に対して憤る」とはどういうわけでしたか。

[274] からです。このことによりドイツ[:ワイマール]共和国は消滅して「第三番目のドイツ帝国」が生じました。最初のドイツ帝国は九六二年から一八〇六年までのドイツ神聖ローマ帝国で、第二番目は一八七一年から一九一八年までのホーエンツォルレン帝国でした。第三番目の帝国はヒットラーの独裁主義でした。

 21 しかし、彼はどのように「その事を行い」ましたか。一九二六年九月八日ドイツは国際連盟に加入しましたが、ナチの独裁者、ヒットラーは、一九三三年十月十四日ドイツを連盟から脱退させました。彼は大胆な行動により世俗的な成功を次から次に収め、オーストリアを合併し、それからチェッコスロヴァキアのズデーテンランドを併合し、そしてはるかかなたの日本をも含む枢軸強国を形成しました。ヒットラーは、「聖なる契約を捨てるものを顧み用いること」により成功を多くおさめました。神の御国契約を支持したと主張するものたちは、キリスト教国の牧師でした。特にローマ・カトリックの教職者たちです。これらの者たちは、正当な相続者イエス・キリストが一九一四年に御国に来ることを待たず、むしろ自分たちの宗教-政治政府をつくり、神聖ローマ帝国を設立しました。一九三三年の七月上旬、副宰相フォン・パペンは、ヒットラーの為にピオ十一世と和親条約を交渉しました。この条約により、法王はドイツにあるカトリック中央党の解体に同意し、一方、ヒットラーはカトリック教会がドイツで完全な宗教上の自由を持てることを約束しました。このことによってヒットラーはドイツ国内にただ一つの政党が存在する、すなわち国家社会[:主義…ドイツ労働者]党だけが存在する、と宣言することができました。

 22 第二次大戦中、一九四〇年二月十七日のニューヨーク・タイムス誌は、「ワシントン、二月十六日の日付」の記事の中で、次のようなローマ・カトリックのニュースを述べていました、

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21 北の王は、「聖なる契約を顧みる」ことにより、どのように「事を行い」ましたか。  22 ローマ・カトリックからの情報によると、北の王の戦争目的は何でしたか。イタリア共働者の帝国主義的な野望は、どのようにばくろされましたか。

[275] 「ドイツの戦争の目的は、神聖ローマ帝国の再建であると今日示された。これは、[原注:カトリック]ジョージタウン大学[:個人注:教皇派ローマ教のイエズス会??の大学校]の外国宣教学校の評議員[原注:ローマ・カトリック牧師]エドモンド・エイ・ウォルシュ博士[:個人注:同イエズス会士]の語った言葉である。……ウォルシュ博士、アドルフ・ヒットラーが、ゲルマン民族の国であった神聖ローマ帝国の再建がぜひなされねばならぬと述べていたのを聞いたことがある、と語っていた」。洗礼を受けていたカトリック信徒ヒットラーの枢軸国教導者がイタリアのムッソリーニ首領であったことは周知の事実です。ムッソリーニは、一九二九年に法王ピオ十一世と和親条約を締結し、バチカン市は独立国家として設立されました。それから幾年かたって後、ムッソリーニの軍隊はカトリック司祭の祝福の下に、カトリック教でないエチオピア[:東方コプト正教??!これも大きなお世話??!]に侵略しました。そして、一九三六年七月九日、ムッソリーニは、カイザルによるローマ帝国の復興を宣言し、そしてビク・エマヌエル王がエチオピアの皇帝であると宣言しました。一九三七年の十二月、ムッソリーニ首領は、ファシスト・イタリアを国際連盟から脱退させました。

   「聖所」と「憎むべきもの」

 23 しかし、北の王と和を求めず、統治をはじめたエホバの御子による御国の聖なる契約に忠実をかたく保った者たちについてはどうでしょうか。御使いは、その質問について答えを与えています。御使いは、第二次世界大戦に関する詳細事を多く論ずるようなことはせず、むしろ忠実な聖所級について述べています。み使いは、その言葉の中に、北の王の個性と国籍のいちじるしい変化を指摘して、次のように述べています。「彼から軍勢が起こって、神殿と城郭を汚し、常供の燔祭を取り除き荒らす憎むべきものを立てるでしょう」。--ダニエル、一一ノ三一、新口。

 24「彼から軍勢[現行新世訳:腕:注解:北の王支持の??支持者と言われていると!!]が起って」と述べられているこの軍勢は、北の王の支持者たちを指しています。

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23 この点で、エホバの御使いは北の王に関して聖所級のことを、どのように言及していますか。

[276] 北の王は、この軍勢を用いて第二次世界大戦には南の民主主義的な王と戦います。しかし、世界支配を狙ったこの第二次世界大戦とその最中におよびその後には、おどろくべき出来ごとが生じました。北の王は一九一七年に世界共産主義をすでに援助していました。そのとき、革命家のレーニンはカイゼル・ウィルヘルム政府の保護の下に亡命地スイスから、ロシアにもどりました。それ以来、共産主義者はロシア政府を奪取し、全体主義的な政府をもつソビエト社会主義共和国連邦を設立しました。このソビエト社会主義共和国連邦は、一九三七年九月十七日に国際連盟に加入しました。それは西洋の民主主義と交渉を行ないました。

 25  一九三九年の八月英国とフランスは共産主義政府と交渉を行なっていました。そのとき、「西洋民主主義の裏切り」と言われるものが突然に生じました。北の王の立場にいたナチは、第二次世界大戦を始めようとしていた時であって、東の側面の保護を必要としました。この目的のために、北の王はロシアと協同条約をむすびました。それで、八月十九日、ロシアの首都はナチと七年間の通商条約をむすんだと発表しました。さらに不思議なことが起りました。八月二十四日、モスコーはドイツと十年間に渡る不可侵条約を調印することにより、西欧はたいへんびっくりしました。この両者の間には密約がありましたか。時はそのことを明らかにしました。九月一日、ナチの軍隊はポーランドに侵入して第二次世界大戦は点火されました*。彼

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*「一九三九年の主要な出来事-戦争の始まった九月一日、エジプトは非常時対策を宣言した。その翌日、ドイツ国民はエジプトから離国し、ドイツに戻るよう要請された」。(一九四〇年版アメリカナ百科辞典、ニ五九頁b,二節)エジプトはドイツとイタリアに宣戦を布告していなかったが、軍事基地として重大な役割を果した。英国とその同盟国はこの基地からイタリアとドイツの軍隊に対抗することができた。一九四〇年の七月と八月中、英国の飛行機は、リビアのトブルクにあったファシスト・イタリア軍の基地に爆撃を行なった。そして、イタリアの飛行機は、エジプトのマーサー・アトルーとアレキサンドリアにあった英国の基地に爆撃を行なった。一九四〇年七月九日、エジプト、アレキサンドリアにあったフランス海軍当局は、その港内のフランス軍艦の武装を取りのぞいてしまい、英国地中海艦隊とともに戦闘に従事させなかった。-同書、一九四一年年鑑二三三頁。

一九四二年七月一日、ドイツの将軍エルウィン・ロンメルは、ナチの軍勢をひきつれて、アレキサンドリアから僅(わず)か七十マイル西方のエジプトのエル・アラメインにきた。-同書一九四三年年鑑、八一九頁b。

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24 共産主義者たちは、1917年にカイゼル・ウィルヘルムの援助を受けて、ロシアで何を行ないましたか。そして新しいロシアは何に加入しましたか。  25 「西洋民主主義の裏切り」[:本当は共産主義政府の裏切りであると!!]は共産主義ソビエト政府により、どのように行なわれましたか。そして、なぜそれは国際連盟から除名されましたか。

[277] らは電撃作戦により前進しました。九月十七日、共産主義政府は、別の側からポーランドに軍を侵入させたのです。それから五日の後、ナチドイツと共産主義者ソビエト連邦は、ポーランドを分割し、それぞれ手に入れた土地を占拠するという同意宣言文を発表しました。ロシアは国際連盟から除名される最初の国になりました。

 26 約二年の間共産主義者ロシアは、北の王ナチの同盟国でした。それは独裁主義で、その同盟国と同じく世界支配を狙っていました。一九四一年、六月二二日、ヒットラーがロシアに狡猾な攻撃を加えたので、ロシアは已(や)むを得ず南の民主主義的な王の側に立ちました[:1941年12月6日、予測に反してモスクワ攻略ではドイツ軍は攻略に失敗する。12月11日ドイツは米国に性急な宣戦布告をし、1945年5月7日ドイツ、連合国に降伏、以降北の王は共産主義の国になって行くが、ここでもハルマゲドンまでの存続になる。時が来れば終わって仕舞う、エホバの証人に対する禁令も??!]。しかし、ロシアが西の民主主義の側に立ったため、ナチ・ドイツは敗北し、ロシアは全体主義的、独裁主義的な北の王の立場をにぎるようになりました。一九四五年、共産主義者ロシアは、敵ナチ-ファシストに対する同盟国の勝利に参加しました。引きつづき、フランス、英国、アメリカ、そしてロシアの四大強国によって、征服されたドイツの分割が行なわれました。ヤルタ協定にしたがい、ロシアは東ドイツを取りました。第七世界強国である英米両国の敵対者、すなわち北の王ドイツはもはや存在しなくなりました。その代わり政治的に強い、新しい強国が立つにちがいありません。かくして、世界支配を狙う二人の王の間の敵対関係は、最終的な決定にまで続くか、または後退して足踏み状態になるでしょう。

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26 第三番目のドイツ帝国は、どのように北の王の立場を失いましたか。

[278]  27 だれにそうすることができましたか。だれがしましたか。出来事がすぐにそれを明らかにしました。ーソビエト連邦、すなわち共産主義者の強国でした。一九一七年、ロシアで権力をにぎって以来、ソビエト連邦は今日に至るまで世界支配をその目標にしています。それはその力を自負しました。そして軍事力を戦時と同じ状態に保ちました。それは力のある地位に立って、最強国になりました。それで、アメリカ合衆国は第二次世界大戦の結果、地上の最強国になりました。アメリカ民主主義に対する宣伝戦争と経済戦争、すなわち冷たい戦争が始まりました。実際に、共産主義ロシアは、一九四七年の初期に冷たい戦争を宣言しました。一九四八年六月二十六日にに共産主義者が西ベルリンを陸上封鎖したために、冷たい戦争に緊張状態が加わりました。しかし、それはアメリカ軍の空輸によって解決されました。共産主義ロシアは、全ドイツが一つの政府化に一致する事を長い間妨害しました。そして、東ドイツを衛星国とし、東ドイツを共産主義圏内の政治国家と認める以前に、共産主義の支配形式を設立しました。第二次世界大戦以来、北の王がだれであるかは全く明白です。

 28 第二次世界大戦前と大戦中、御使いの語った預言は成就しました。「(彼らは)神殿と城郭を汚し」。この神殿は、「生ける石」で構成されているエホバの「霊的な家」の残れる者たちです。エホバは御自分の御霊によりこの家に住まわれています。統治している王イエス・キリストはこの神殿すなわち霊的な家の隅のおや石です。それはエホバの家で、彼の崇拝のためにささげられています。今それと交わっている者たちは、献身した善意者たちの「大いなる群れ」で、彼らは聖なる者たちすなわち「聖徒たち」の聖所級と共にエホバ神を崇拝し、エホバ神に仕えています。この聖所は、征服されることのない霊の力で満ちているゆえ城郭です。それは全能の神

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27 1945年に第二次世界大戦が終って以来、北の王と南の王との間の敵対行動は、どのようにつづけられましたか。  28 汚された「神殿と城郭」とは何でしたか。

[279] からの力で満ちています。それは、第二次世界大戦を通過し、そしてナチ主義、ファシズム主義そしてスターリン主義の崩壊をも通過して、今日にいたるまで存在していることからも証明されているように、その力は試験ずみのものです。

 29 ダニエル書八章十一、十三節は、この聖所の倒れることと、踏みつけられることを予告しました。それは第一次世界大戦中に生じました。それは、象徴的な「小さな角」である「猛悪な顔の王」すなわち第七番目の世界強国なる英米世界強国によってなされました。しかし、後日「神殿と城郭」を汚すことは第二次世界大戦中およびそれ以来、枢軸国やソビエト連邦の国々で聖所級の者たちが、北の王のために悪い迫害を受けることでした。この聖所級とともにエホバを崇拝した忠節な善意者の「大いなる群衆」は、霊的なイスラエルで構成されるエホバの「聖なる国民」の聖なる者たち、すなわち「聖徒たち」と共々に苦しみをうけました。収容所、牢獄、奴隷収容所、銃殺、斬首、集会と聖書文書の禁止、および他の手段による迫害は、エホバの聖所を汚すことであり、聖所をののしることでした。神に対してこのような悪行をしたのは、北の王ひとりだけでなく、南の王も第一次世界大戦中のときと同じ精神を示し、聖所を汚す悪行をしました。しかし、このような猛烈な迫害を受けたためにその聖所および聖所で崇拝した者たちは、滅ぼされましたか、滅ぼされませんでした。なぜですか。エホバの御使いは、後にそのことを説明しています。

 30 エホバの聖所が汚されると共に、その「常供の燔祭」も取りさられました。英語訳の中で、「燔祭」という言葉が補足されています。ヘブル語聖書の中では「常供」という言葉は、エ

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29 この聖所はどのように汚されましたか。それはだれよって為されましたか。  30 「常供の燔祭」はどのように取りさられて、ダニエル書十一章三十一節が成就されましたか。

[280] ホバの宮とその祭司と関係を持つ数多くの神聖なことに適用されています。それで、この場合の「常供」という言葉は「燔祭」以外の数多くの事にも適用されるでしょう。「常供」とは、聖所で日々たえず定期的に行なわれる崇拝全部を包括し得ます。ナチ-ファシストの勢力が絶頂であったとき、北の王は、聖所の残れる者とその仲間の崇拝者である善意者たちから、霊的な犠牲をささげるための手段を取りのぞきました。北の王とその同盟者たちは、聖書と聖書文書を没収し、エホバの証者を収容所に閉じこめ、地下活動に追いやることにより、「賛美の犠牲」が公けに、公然と神にたえずささげられることを中止させました。一見して、それは取りさられたようでした。しかし、地下にもぐろうと、またはエホバの証者が投げ込まれた収容所であろうと、それは恐れなしにつづきました。

   「荒らす憎むべきもの」

 31 しかし、御使いの預言がここまで進展したときに、「驚きを感じさせる憎むべきものを立てる」「荒らす憎むべきものを立てる」と述べられているのは、どうしてですか。このことが国際連盟は「荒らすことをなす憎むべきもの」と言われ、南の王の主唱で一九一九年に設立されました。食いちがうことはありません。神の設立した御国の代わりであると称するあの憎むべき偽りもの、国際連盟が、「獣の像」であったことを思い出して下さい。七つの頭と十本の角を持つその獣の像は、すなわち英米両国の世界強国により一九一八年に第一次世界大戦が終る頃に提唱されました。(啓示、一三ノ一一ー

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31 「荒らす憎むべきもの」は何でしたか。それが再び現われるにちがいないと、黙示録十七章七-二十一節は、どのように述べましたか。

[281] 一五 )連盟であるその「像」は、七番目の世界強国と、以前にあった六つの世界強国の残余のものでつくられました。その結果、それは七つの世界強国の表現であり、それ自身は「第八番目の王」の世界強国です。啓示17章7-11節(新口)によると、七つの顔を持つこの象徴的な獣は、消えて見えなくなると示されています。「あなたの見た獣は、昔はいたが、今はおらず、そして、やがて底知れぬ所から上……る」。それで、獣は再現するにちがいありません。

 32 国際連合の最初の総会がロンドンで開かれた一九四六年一月十日に国際連盟は正式に解体しました。しかし、実際には一九三九年の九月に、世界平和制度としての存在はなくなっていました。その年に、北の王ナチの向こう見ずの行動により、第二次世界大戦は勃発しました。国際連盟は大きな失敗であり、死滅して「底知れぬ所」に行きました。死骸のような骨組みは残っていましたが、平和を保存する力はすこしもなかったのです。

 33 しかし、それは底知れぬ所にとどまるでしょうか。一九四二年の九月、エホバの聖所級は一つの大きな大会を開きました。九月十八日-二十日まで、五十三のアメリカの都市で五十三の大会は同時に開催されたのです。島々や四大陸で八十以上の大会が、同じプログラムで開かれたこの大会は、全地にわたる規模を持つものになりました。九月二十日の日曜日、中心都市であるオハイオ州クリーブランド市で「ものみの塔聖書冊子協会」の会長は、大会出席者およびラジオで大会のプログラムを聞いていた人々に「平和-それはつづくか[現行訳:平和-それは永続するか?]」と題する公開講演をしました。その講演の中で会長は黙示録十七章七-十一節を論じました。この黙示録十七章七-十一節から、第二次世界大戦が終り、永続しない平和の期間中に国際的な世界平和の敵は底知れぬところから

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32 いつそしてどのように「獣」は「底知れぬ所」に消えてなくなりましたか。  33 どのような段階を経て、この世界-平和の獣は、「底知れぬ所」から再現しましたか。

[282] 出てくるが、ついには滅びに行くと示しました。翌年、共産主義ロシア、大英帝国、アメリカ、そし中国の外務大臣たちはモスコーで会合し、国際連盟は死んだものであると考えられるため、「平和愛好国」の全部をふくむ新しい世界制度が必要であると発表しました。翌年の初秋、ダンバートン・オークス会議が開かれ、永久の国際連合制度設立のために提案された憲章が、同じ四つの国によって論ぜられました。この憲章は十分に討議されて、ついにカリフォルニア州サンフランシスコ市で行なわれた五十一カ国の会議で採決されました。1945年十月二十四日、共産主義者ロシアは国際連合を批准し、この国際的な制度の憲章はその日に実施されました。それは日本が降伏して第二次大戦が九月二日に[:形式的、ミズーリ艦上署名式で、敗戦を重光葵?!実際にはポツダム宣言を受諾するという、8月15日:終戦の詔(みことのり?!)玉音放送?!現地日本的には?!]終って後の間もない時でした。

 34 七つの頭を持つ緋色の獣は、ふたたび底知れぬ所から出てきました。そして、1946年一月十日、その最初の総会は英国のロンドンで開催されました。それは同じ獣で国際連盟と酷似していました。国際連盟はいまや終了し、後になってその所有物を国際連合に渡しました。「荒らす憎むべきもの」は南の王である第七世界強国により1919年にはじめて生命が与えられました。ダニエル書十一章三十一節は、そのことを否定するものではありません。むしろ、ダニエル書十一章三十一節は、次のことを意味します。すなわちこの憎むべき「獣の像」は、北の王ナチが別の世界大戦をひきおこす事によって底知れぬ絶望の所に投げこまれること、および国際的な崇拝をうける憎むべきこの「像」は、北の王なる共産主義者の助けをうけてひき出される、ということです。この光から照らし合わせて見るとき、ダニエル書十一章三十一節とダニエル書八章十一-十四節は、互いに一致調和しています。それはともに黙示録十三章十一-十五節と

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* 「平和-それはつづくか[現行訳:平和-それは永続するか?]」(英文)という冊子の18-22頁を見なさい。1942年の版権。

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34 それが同じ獣であったことはどういうわけでしたか。ダニエル書十一章三十一節は、ダニエル書八章十一節-十四節と、どのように全く一致していますか。

[283] 黙示録十七章七-十一節と一致しています。エホバの御使いは、真理を示しました。

   困難な事態下の教育のわざ

 35 北の王は迫害の手段によって滅ぼすことができないなら、口あたりの良いなめらかな言葉で誘惑します。エホバの御使いは、このことを警告して、次のように語りました。「彼は契約を破る者どもを、巧言をもってそそのかし、そむかせるが、自分の神を知る民は、かたく立って事を行います。民のうち賢い人々は、多くの人を悟りにいたらせます。それでも、彼らはしばらくの間、やいばにかかり、火に焼かれ、捕われ、かすめられなどして倒れます」。(ダニエル、11:32,33,新口)ナチであろうと共産主義者であろうと、北の王は宗教団体を自分の側につけようと努力します。宗教的な支持があるなら、たとえ自分と国民の良心の苛責[:かしゃく] がしずまらなくても、一般の人々の前における自分の立場を強化することができます。北の王は宗教組織を支配し、北の王の全体主義的な政策を支持する牧師指導者をぜひ持たねばなりません。北の王は、国際的なむすびつき、すなわち外国とのむすびつきがある宗教組織を持つよりも、自己の政府だけに忠誠をちかう独立の国家的な宗教組織を求めます。北の王は巧みなへつらいの言葉でだれを誘惑して堕落させ、全体主義的な彼を支持させることができますか。「契約を破る者ども」だけです。それで、北の王の支配下にあるキリスト教国の宗教組織は、北の王に服従しました。北の王から恩恵をうけたため、それらの宗教組織は迫害されず、教会は公然と経営して行くことができます。

 36聖所級はそれらのものとちがいます。彼らは、その御名によりまたその啓示された御言葉に

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35 北の王は、どんな非政治的な団体を自分の側にひき入れようと努めますか。彼はへつらいの言葉で、だれを堕落させることに成功しますか。  36 北の王はだれを堕落させることに成功しませんでしたか。

[284] より自分たちの神を知っており、エホバの御国の契約を破るというようなことをしません。彼らは、「キリストの共同相続者」として、その御国の契約の中に入れられたのです。彼らの「国籍は天にある」。イエス御自身がこの世のものでなかったように、彼らもこの世のものではありません。彼らはこの世の友となって、神の敵となり、御国を失うことを拒絶します。またこの世の「終わりの時」において統治している王、イエス・キリストのいましめを知っています。彼の戒めは、次のようです、「この御国の福音は、全ての民に対してあかしをするために、全世界に宣べ伝えられるであろう。そしてそれから最後が来るのである」。それで、彼らは北の王のへつらいの申し出をしりぞけ、エホバ神への信仰と専心の献身を強く保ちます。全国民に対するエホバの証者として、彼らは設立された神の御国の良いたよりを伝道しつづけます。--ロマ、八ノ一七。ピリピ、三ノ二〇。マタイ、二四ノ一四。

 37 聖所級は、「賢いもの」、分別のあるもので、行動の規則となるべき敬虔の原則を識別します。彼らは洞察力を持って行動し、神に対して忠実を保ち、非難のない状態で歩きつづけます。伝道するためにエホバの御霊で油そそがれていることを認識している彼らは、たしかに伝道し「多くの人を悟りにいたらせます」。彼らは多くの人を援助して次のことを認識させます。すなわち宇宙主権に関する最高の問題は、エホバ神を立証するために決定されねばならぬ、ということです。彼らは多数の者を援助し、御国の側に立たせ、北の王か南の王のどちらかによって世界支配をはかるというむだな働きを止めさせているのです。

 38 このように神の宇宙主権を支持して、妥協を排する立場を取り、またナチであろうと共産主義者であろうと、北の王の支配圏内にあって、統治している御子イエス・キリストの御国を宣明

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37 どんな面で聖所級は賢いのですか。彼らはどのように多くの人にさとりを与えますか。  38 彼らはどのように「倒れ」ましたか、そして、なぜ?

[285] することは、多大の苦難を意味するものでありました。サタンの世の「終わりに定められた時」の期間中、そのような苦しみと迫害が来る、とイエスは前もって告げておられました。(マタイ、24:7-13)聖所級は政治国家を崇拝しようとしないので、ナチおよび[:無神論の] 共産主義者の北の王は、彼ら[:の中の或る者たち] を残酷に迫害しました。北の王は、彼ら[:の中の或る者たち] を「倒しました」どのように?「やいばにかかって」死に処刑し、強烈な一般人の非難、禁令、批判の宣伝、官吏たちの焼きつくような怒りの言葉などで「火に焼」き、牢獄、奴隷労働収容所、天幕、追放また地下監禁所に「捕」えたのです。「しばらくの間かすめられる」とは、家屋や、御国会館や大会が法律によって正当な許可なしに侵入されて、聖書文書や神の言葉そのものが没収されたことです。聖所級は神の御言葉から力を受け、真理と正義を愛する者たちにその救いの良いたよりを伝道します。このことは「しばらくの間」つづきました。特にナチの総統が1933年に独裁権力をにぎった時からはそれは始まり、ヒットラーが死んだ後でも、共産主義者スターリンの独裁支配の時を経て現在にいたっているのです。東部欧州のエホバの証者のある者たちは、幾年間もナチの迫害を受け、それからすぐに共産主義者の圧迫も受けるようになりました。

 39 恵みに富みたもう神は、御自分の賢明な聖所級が北の王からの迫害にも耐え忍んで切り抜けるようにしました。また、他の国々で北の王の宣伝や秘密の手先などを用いて北の王がひき起こすあらゆる迫害にも耐え忍んで切り抜けさせることを援助したのです。愛の心にみちるエホバは、御使いを通して語ったご自分の言葉を成就しました。「その倒れるとき、彼らは少しの助けをえます。また多くの人が、巧言を持って彼らにくみするでしょう。また賢い者のうちのある者は、終りの時まで、自分を練り、清め、白くするために倒れるでしょう。終りはなお定まった時の来るまでこないからです」。(ダニエル、一一ノ三四、三五、新口)この迫害は、北の王がハ

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39 そのようにつまづき倒れることは、いつまでつづくと前もって告げられていますか。

[286] ルマゲドンで「終る」時までつづくと前もって告げられています。マゴグのゴグの役割を果す悪魔が「北の果」から最終的な全面の攻撃を加えてくる時、その攻撃軍勢のうちに共産主義者の北の王がふくまれることはたしかです。(エゼキエル、三八ノ一九。三九ノ一、二、新口)それで、その時までエホバの聖所級[:の或る者たち:清めを受けるべき者] は全体主義的、独裁主義的な北の王の下にあってつまづきたおれる[:人の新しい世の社会のも自由な意志を神が観ておられて神が認められるからであると??!つまづきたおれても忠信な者は七転び八起きだと?!!ダニエルの火の燃える炉の第3章の3人のユダヤ人の例証通り慣例通り、火のにおいも付いていない無事で炉から出て来ると?!!] でしょう。

 40 現在まで、彼らはこのように倒れましたが、しかし、「少しの助けを得」たことはたしかです。(新口)それは、ナチ・ドイツ、ファシスト・イタリヤ、帝国日本で作り上げられた枢軸国が敗北して、民主主義的な「地」がその「口」を開き、北のナチの王を通してサタン悪魔が吐き出した川を飲みつくしたからです。(黙示、12:15-17)彼らの敗北によって、北のナチの王とその同盟の支配下の国々、すなわち西ドイツ、ノルウェイ、デンマーク、オランダ、ベルギー、フランス、イタリア、フィリッピン諸島、韓国、ビルマ、シャム、インドネシア、マレー、シンガポール、ウェーキ諸島、香港、ギリシャ、においてエホバの聖所級は他の者たちと共に自由に解放されました。しかし、ロシアでは自由解放は得られませんでした。また、多くの国々の法廷は、エホバの証者に有利な判決を下し、北の王や北の王と同じ精神を持つ者たちによる制限や圧迫を取りのぞきました。1956年六月三十日から、1957年三月一日までに全世界の199の都市で開かれた大会で、合計46万二千九百三十六名のエホバの証者は、当時モスコー在住のソビエト連邦首相、ニコライ・エイ・ブルガニンに宛てた強い決議を採択し、ロシアとシベリアで残酷な迫害を受けている幾千人という霊的な兄弟たちが自由解放されるように懇請しました。ソビエト政府の官僚や法廷は、このことにいささかの恩恵も援助も示しませんでしたが、北の王から迫害されていた者たちはこのことから大きな道徳的な支持と多くの励ましを受け

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40 しかし、彼らはどのように「すこしの助け」を得ましたか。

[287] ました。

41残酷な北の王の仕打ちの下に倒れた聖所級に対する最善の援助は、この世の終わりについての預言の中でイエスがあらかじめに告げた「羊」から来ました。羊のような性質を持つこれらの善意者は「山羊」といはちがい、エホバの聖所の一部であるイエスの霊的な兄弟たちに同情しました。彼らの数は1931年以後増加しましたが、とくに1935年以来ふえてきました。その年の八月、「ものみの塔」は、黙示録7章9-17節を説明し、天的な羊飼いの「他の羊」に啓発と励ましを与えました。(ヨハネ、10:16)彼らは神の設立した御国の良いたよりを受け入れ、羊と山羊についてのイエスの譬話(たとえばなし)に述べられている仕方で聖所級を助けました。(マタイ、25:31-46)しかし、彼らは次の行いによって最も強力な援助をしました。すなわち宇宙の主権者なる神に献身して、聖所級と共に集まり、彼らと共に神の御国の良いたよりを公に野外で伝道し、さらに他の「羊」を集めることです。彼らは聖所級と共に神を崇拝し、共に証言し、そして北の王と南の王から苦難を受けても死にいたるまで忠実に耐え忍びます。

 42 しかし、「彼らにくみする」多くの人々は、心からの誠実な動機を持って参加せず、利己的な理由の故にへつらいの言葉を語り、ずるがしこい行いでくわわるだけです。そのような者のある者たちは、北の王の間諜[:かんちょう:スパイ:北の王の政府の間(あいだ)の諜報者] でした。他の者たちはエホバの証者をほめますが、エホバに崇拝と奉仕をささげようとはしません。多くの人々はエホバの証者が忠節と忠実を保って節義を守ることに感嘆し、ほめ言葉を言います。しかし、エホバに献身して活発に伝道するエホバの証者になろうとしません。この事実は次の事を明白に示します。すなわち「他の羊」と称する者たち、

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41 しかし、いちばん大きな助けはだれから来ましたか。そして、どのように?  42 どのように多くの人々は、あざむきのお世辞で「彼らにくみ」しますか。

[288] またしばらくの間エホバの証者からの聖書教育を受ける人々は、はたして真の神に心からの献身をしているかどうかが試されているのです。それらの人々は、被造物にへつらうべきでなく、むしろ創造者をよろこばすようにつとめるべきです。--ガラテヤ、一ノ一〇。

 43 救いをもたらす神は、証者たちにこのような迫害がふりかかることを許しました。それは、神を求めて神を愛すると称する者たちを試みる為です。迫害者や圧迫者からの火のごとき試練により、エホバは彼の民と称する者たちを精錬します。その目的は、価値のないかすのような者たちをばくろして取りのぞき、清純で貴重な金属のような者たちを明らかにして清め保つ為です。愛の心からエホバに献身の誓を果たすこれらの真実の者たちによって、エホバは彼らの絶対至上者であることを立証します。そのわけで、エホバは幾千人というご自分の賢い証者たちが迫害を受けてつまずき、殉教者の死をとげることを許したのです。それは、生き残る証者たちの質を精錬し、また終りまで耐えしのんで救われることをのぞまない者たちを排斥するためです。(マタイ、ニ四ノ九ー一三)北の王と、その仲間の迫害者たちが悲惨な最後にいたるまで、宇宙主権についての最高論争を深く認識するエホバの賢い者たちは、迫害による精錬と清めを受けることを覚悟しています[:注解:エホバと言うその輝かしい天の父なる神のお名前、御名が聖なるものとされること!!] 。彼らの受ける報いには終りがありません。しかし、「定められた時」になると、敵なる迫害者たちは終ってしまいます。

 44 エホバの御使いは、二十世紀の北の王について正しくこう描写しました、「この王は、その心のままに事を行いすべての神を越えて、自分を高くし、自分を大いにし、神々の神たる者に向かって、おどろくべき事を語り、憤りのやむまで栄えるでしょう。これは定められた事が成就するからです」。(ダニエル、一一ノ三六、新口)昔の時代の北の王だけが自らを神と唱えて、

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43 賢いもののある者たちが「つまづく」のを許したもうエホバの目的は何ですか。賢い者たちは、何をしようと決意していますか。  44 北の王は、何にまさって自分を高くし、どの程度まで自分を大いにしましたか。

[289] 神の称号を受けただけでなく、現代における彼の後継者も神になろうと努力します。彼は自分の思うこと、欲すること以外のことを知ろうとしません。この目的の達成をはかる彼は全体主義的独裁主義的な政府権力を得るために非良心的な手段を選びます。第一次世界大戦後のナチとファシストの領域内における北の王はそのようでした。そして、第二次世界大戦後の共産主義的な北の王の場合もそうです。すくなくとも、その心の中で人間のつくった地的な「神」にまさって、彼は自分を高くし、自分を大いなる者にしています。しかし、実際には彼は敵対者である南の王に打ち勝っていないのです。

 45 北の王は、エ・ル・=エ・リ・ム・、すなわち神々の神なるエホバさえ攻撃しました。彼は、最高の裁き主、真の神の御前で裁かれている、ということを認めません。詩編82編1節と2節(新口)は最高の裁き主について次のように述べています。「神は神の会議の中に立たれる。神は神々の中で、さばきを行われる。『あなた方はいつまで不正な裁きを為し、悪しき者に好意を示すのか』」。ナチおよび共産主義者としての敵対的な北の王は、ダニエルの民の神に対しておどろくべきこと、不可思議なことを語りました。実際、彼は言わなくても、神の存在を否定しています。彼はキリストの御手にある神の御国をしりぞけて、世界支配を得る、と言う目標を宣言しています。それは、エホバに反対して語ることであって、エホバの証者は、エホバの設立した御国を全国民に伝道しているのです。彼はエホバの献身した民のためにイエスの述べた「カイザルのものはカイザルに、神のものは神に返しなさい」。という原則を信じません。(ルカ、二〇ノ二五、新口)彼は、一切の者に対する神の権利を否定します。政治国家はその臣民から一切のものを得る権利を持つと彼は主張します。

 46 彼は市民が、悪魔の霊を受けた人間製の国家を崇拝することを要求します。人間は、国家に

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45 神々の神はだれですか。北の王は、彼に対して「おどろくべき事」をどのように語りましたか。

[290] よって死ぬ時まで働かされる物質機械にすぎない、と思います。1957年十月四日、人間製のスプートニク、すなわち衛星を宇宙空間に打ち上げてから、彼は宇宙の主のように感じます。スプートニクが地球と太陽の間の空間で、目に見えぬ神と会わなかったために、特に彼はそのように感じます。彼は栄えて、地上の三分の一が共産主義形式の政府によって支配されるようにしました。しかし、天の神が「憤りのやむ時まで」これを笑い、これを許すということを知りません。「これは定められたことが成就するからです」。「全能の神の大いなる日の戦争」の時、エホバはその憤りと非難を終らせます。そこで成就されることは、北の王が定めたことではなく、全能の神が定めたことです。

   王の神

 47 北の王の場合、エホバ神は先見しなかった者に対して対処することはありません。昔のエホバ神の御使いは、その王が極めて現代的であると描写し、次のように語りました。「彼はその先祖の神々を顧みず、また婦人の好む者も、いかなる神も顧みないでしょう。彼はすべてにまさって、自分を大いなる者とするからです。彼はこれらの者の代わりに要害の神をあがめ、金、銀、宝石、および宝物をもって、その先祖たちの知らなかった神をあがめ……」(ダニエル、一一ノ三七、三八、新口)「彼の先祖の神々」とは、ヒットラーとかスターリンのような特定な人間の神ではなく、「北の王」と呼ばれるこの政治的な職務についた先祖たちの神々です。彼が支配権をにぎっていた二千年以上のうちに、その王は変化しました。すなわち、ギリシャ人の王たちによるセレウカス王朝から、異教のローマ人皇帝に、それからローマ・カトリックの

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46 彼は、その繁栄のゆえにどのように感じましたか。しかし、いつまで彼は繁栄しつづけますか。  47 現代の北の王が顧みない神々を持っていた「先祖」とはだれですか。

[291] 皇帝とギリシャ正教の皇帝に、また神聖ローマ帝国のドイツ皇帝にさらにオーストリヤとドイツのカイゼルを経てナチの帝国主義支配者に、そして今では共産主義者の帝国主義支配に、と変化してきたのです。しかし、「この組織制度の神」なるサタンは、北の王と南の王が始まって以来、いつも彼らの神でした。(コリント後、四ノ四)それでは、北の王はどのように父祖の「神々」をかえりみませんか。

 48 彼は男性の支配者の神々を顧みないばかりか、婦人の特別な神をも顧みません。この予言に述べられている「婦人」は北の帝国主義制度の侍女、あるいは長い系統を持つこの王の「先祖」の侍女であるかも知れません。「婦人」は弱い器です。それで、現代の北の王は、これらの弱い代理者たちが特別に好んでいる神をかえり見ません。彼らの神は第二級の神で、劣っています。

 49 彼は自分自身を神として崇拝するため、外部の他の神をも顧みません。彼がまず第一で、すべての者にまさり、すべての臣民が国家を崇拝すべきである、あるいは更に狭い意味で独裁者を崇拝せよ、と要求するのも、全く当然です!それは本当にバビロン的であり、悪魔的です!昔のバビロンの王は、エホバ神に反対して、次のように語りました、「私の王座を高く神の星の上におき……いと高き者のようになろう」。この場合、バビロンの王はサタン悪魔を予言的に表わしました。(イザヤ、一四ノ四、一二ー一四、新口)アドルフ・ヒットラーが1945年、第二次大戦に敗北して自殺して以来、共産主義者の北の王は、ポーランド、ハンガリーそして他の場所でキリスト教国の宗教勢力と関係を持っていますが、キリスト教国と連合しませんでした。彼は、古い宗教を人々の精神面に害を加えた阿片と見なしながらも、実際には人々のために赤い宗教をつくりあげました[:自己政府を神だと崇める、自政府神聖化、自己政府神化??!]。彼は「要害の神」を尊びます。ナチ・ヒットラーも同じ

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48 北の王がその「好むもの」をかえり見ない「婦人」とはだれですか。  49 北の王は実際にはバビロン的にだれを崇拝しますか。彼は自分の民のためにどんな宗教をつくりましたか。

[292] ことをしました。

 50 北の王は、ナチ政権の存在していた期間中、現代の科学的な軍事主義に誉れを与えました。しかし、共産主義になってからは、そのことはいっそう推し進められたのです。一九五八年彼の軍隊の数を減少しましたが、最大の陸軍を持っていました。二万台の戦争用飛行機は、陸軍を後押ししました。その陸軍の大きさは、ひみつをつつむ鉄のカーテンのために知られていません。その潜水艦の数は五百から七百で、歴史上最大の潜水艦隊であり、ドイツのUボート艦隊よりも大きいものです。東ドイツを征服したとき、彼はロケットや弾道弾に関するドイツ人専門家をできるだけ大勢とらえて、ロシアにおけるロケットと弾道弾研究の発展に働かせました。ロシアの教育は、技術者の産出と科学にもっぱら力が注がれました。その目的は、全地の軍事支配および経済支配をにぎることです。実際のところ、科学技術は、彼の崇拝物、偶像になりました。彼は、そのような部門あるいは領域内で、自分自身をいちばん強い者にすることにより、すべての「要害」を取ろうと努めました。それは、英米両国の世界強国なる南の王を含めて、世界を支配するために必要です。南の王は、一九四五年の八月、日本に二つの原子爆弾を投下して、第二次世界大戦を最高潮にしました。しかし、年が経つにつれて、北の共産主義の王も、原子爆弾を所有するようになり、それから水素爆弾をも所有して、南の王におくれることはありませんでした。

 51 しかし、弾道弾計画において、彼は敵対の王よりもずっと進みました。そして一九五七年八月二十七日、大陸間弾道弾の発射は成功し、遠距離にある標的地まで飛んだ、と発表しました。それから二ヶ月も経たない十月四日、北の王は一八四ポンドのスプートニク第一号を地球のまわりの軌道にロケット発射し、南の王のアメリカ側に大きな恥と驚きと動揺を感じさせました。

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50 北の王は、「要害の神」をどのように尊びましたか。  51 弾道弾や衛星の面では、彼はどのように南に先んじましたか。

[293] それから三日の後、その新しい要害すなわち力の地位に立つ彼は発言し、アメリカ合衆国は、隣接している二つの国シリアとトルコのあいだに戦争を扇動していると非難しました。翌月の三日、彼は重さが半トン以上で犬ライカを乗せたスプートニク第二号を軌道にロケット発射しました。一九五八年一月三十一日アメリカは始めて30・8ポンドのエクスプローラー衛星を軌道にロケット発射しました。

 52 南の王は、国際連合を通してなされる国際的な軍縮をはかる努力が共産主義者の北の王によってまったく妨害されている、と非難しつづけました。一九五八年三月三一日、ソビエト連邦は原子爆弾および水素爆弾の試験中止を公表しました。しかし、他の国々であるアメリカと英国が共産主義者の先導に注意を払わず、爆弾の実験を行ないつづけるなら、ソビエトも実験を再開すると公表しました。アメリカはその挑戦を無視しました。そしてアメリカにとって肝要な理由のために、一九五八年四月ニ八日、太平洋上のエストニック実験場で公表どおりの連続核実験を始め、英国はその翌日に太平洋のクリスマス島地方にジェット爆撃機から核装置も落下させて爆発させました。この軍事的な準備は、みな極めて費用のかかるものでした。しかし、北の王は「先祖たち」が全く知らない現代の科学的な業績という神を、金や銀や、宝石やそして価高い品物であがめるため国民から物質的な慰安品をとりのぞいてしまいました。

 53 北の王は、このあがめられた「神」の助けをうけて、その区域すなわち影響の範囲を拡大しました。エホバの御使いはこのことを予[:あらかじ] め告げて、次のように語りました。「異邦の神の助けによって、最も強固な城にむかって事をなすでしょう。そして彼を認める者には、栄養を多く与え、これに多くの人を治めさせ、代価を払う者に土地を分け与えるでしょう」。(ダニエル、一一ノ三

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52 北の王は、金や銀や宝石や宝物をもって、先祖たちの知らなかった神を、どの程度まであがめましたか。

53 彼がそのようなことをする神は、どの面で「異邦」ですか。

[294] 九、 リーサー訳)この高度に発達した現在の科学的な「神」は、北の王の「先祖たち」の見知らぬもの、知らなかったものであるという点で、異邦のものです。

 54 ドイツ・ナチ主義時代の彼が侵略したとき、占領された国の人々が北の王を認めたならばそれらの者には多くの栄誉が与えられました。北の王はそれらの人々を立てて、不服な人々の支配者にならせました。正しい代価が払われるなら、彼は区域を分けて彼らにその区域を支配させました。北のナチの王は、「代価」を払って彼から土地を受け取る人々をたしかに見出しました。この中には、ローマ・カトリックの教職制度も含まれていました。歴史家たちは、次のことを忘れていません。すなわちヒットラーが一九三九年にオーストリアを占領したとき、ウィーンの枢機卿セオドア・イニッツァーはヒットラーに手紙を送り、その手紙の結びに「ヒットラー万才!」と書きました。また、ドイツのローマ・カトリック司祭たちが一九四〇年のフルダ会議を開いたとき、彼らは洗礼を受けていたカトリック信徒ヒットラーに忠誠をつくすと誓いました。

 55 後日、共産主義者としての北の王は、その「異邦の神」の助けによって侵略しました。彼は、共産主義国家を東ドイツに設立するため、その代価を払う人々を見出すまで、東ドイツをしっかり保持しました。ハンガリーでは共産主義者の「人民共和国」が設立されました。しかし、一九五六年の国民反乱の際にソビエトの占領軍がその反乱をしずめたことからも証明される通り、ソビエトの支配から抜け出ることは不可能でした。欧州の他の国々は共産主義者の衛星国になりました。韓国さえも二つに分割され、共産主義政権は、三八度線以北を支配しました。しかし、貪欲な共産主義者たちは、一九五〇年に南の大韓民国に侵入し朝鮮動乱が始まりました。南の王のアメリカを指導国とする、国際連合はその戦争に介入して、大韓民国が併合されないようにしま

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54 彼はだれに「多くの者を治め」させましたか。彼は、「代価」を払ったどんな人たちを見い出して土地をすぐ分け与えましたか。  55 共産主義者の北の王は、その「異邦の神」の助けをうけてどのように侵略し、「代価」を払って地域をもらう人々を見い出しましたか。

[295] した。共産主義者のあやつる国家が外モンゴールに設立され、自由中国[:中華民国] は第二次大戦が終わった年にその国家を認めるよう強制されました。そして、一九四九年には中国人の共産主義軍隊[:中共毛沢東主義=八路軍]は広大な中国本土の全部を占領し、中国人の総統とその国家主義軍隊は台湾に避難しました。本当に北の王は土地を与えてその土地を治めさせる人々を見出しました。

 56 南の王は、いわゆる「自由世界」を維持するために地上で優勢な地位を守ろうと決意しています。北の王が強力になりすぎる前に、予防戦争をぜひ始めるべきだと彼は気づきました。しかし、核力を用いる戦争は自殺的なものである、と彼は認めます。ハルマゲドンの宇宙的な戦争で彼は「人手によらずに滅ぼされる」とダニエル書八章二十五節(新口)は語っています。第三次世界大戦の核戦争が、偶然の出来事か間ちがいあるいは不注意な狂人によって始められる、と多くの人は心配しています。しかし、南の王と北の王はハルマゲドンのときに存在しています。予言によると、全能の神はその予定の時に、ご自分の宇宙至上権に反対する地上の者たちすべてに混乱を生じせしめ、ついに各人の手は隣人にむかって振り上げられるでしょう。--エゼキエル、三八ノ二一。

 57 この見地から判断する時、エホバの御使いの次の言葉を理解することができます、「終わりの時になって、南の王は彼と戦います。北の王は、戦車と騎兵と、多くの船をもって、つむじ風のように彼を攻め、国々にはいって行って、みなぎりあふれ、通り過ぎるでしょう」。(ダニエル、一一ノ四〇、新口)ハルマゲドンの「終りの時」にいたるまで、「ふたりの王」の間に競争的な共存が存在するでしょう。予防のためか、あるいは防禦 [:ぼうぎょ]のためか、なんらかの面で、南の王は行動しなければなりません。エホバ神とその御国に対してはなはだしく反対する、「ふたりの

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56 南の王は何をしようと決意しても自制しますか。神はハルマゲドンのときご自分の敵共に何を行なわせますか。

57 それでは、どのように「終わりの時になって、南の王は彼と戦いますか[現行言葉:新世界訳:押し合う…「押し」であり…ダニエル書11:40!!ものみの塔1993年11/1号第三研究記事5節。「ダニエルの預言」の本第16章15節!!]」。

[296] 王」のあいだには、大混乱の戦い[:新世界訳現行訳:押し合い] が行なわれます。そして彼らはあらゆる種類の致命的な武器を使用しあうでしょう。

 58 将来の北の王についての予言は、次のように述べています。「彼はまた麗しい国[:ワッチタワー(ものみの塔のエホバの??!)の民の民衆中にも]に入ります。また彼によって、多くの国が滅ぼされます。しかしエドム、モアブ、アンモンびとのうちのおもなものは、彼の手から救われましょう。彼は国々

   [原注:共産主義支配が行なわれている国々の地図。]

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58 「麗しい地」が何を意味するかなぜ理解しなければなりませんか。ダニエル書十一章十六節で、その意味が何であることを知りましたか。

[297] にその手をのばし、エジプトの地もまぬがれません。彼は金銀の財宝とエジプトのすべての宝物を支配し、リビヤびと、エチオピアびとは彼のあとに従います。(ダニエル、一一ノ四一ー四三、新口)北の王がはいる「麗しい国」は、ハルマゲドンの「終わりの時」における王の行動を正しく理解する鍵です。エホバの御使いが、この予言(ダニエル、11:16)の初めの部分で「麗しい国」について語ったとき、彼はこう予告しました。すなわち、北の王なるシリアの王アンテオカス三世大王は、エホバの民の地であるユダの地に立ち、その全部を占領することでした。

 59 ダニエルの見た初期の幻の中で、ダニエル書八章九、二十三-ニ十五節(新口)は「小さな角」なる「猛悪な顔の王」は、この「麗しい地」に力をのばすでしょう。その預言の中で「麗しい地」は霊的な意味を持ちました。それは、パレスチナを表わしたのではなく、エホバの新しい契約によりエホバとの関係にはいっているエホバの聖所級の地的な状態を表わしました。同様に北の王はその最終的な活動のとき、聖所級の霊的に「麗しい地」の領域に侵入します。彼は、すでに聖所を汚そうと努めました。(ダニエル、一一ノ三一)しかし、ハルマゲドンの戦いについての神の定められた時が来ると、北の王は「麗しい地」を滅ぼして、それを地上から取りのぞくために出かけて行きます。この行いをする彼は、サタン悪魔なるマゴグのゴグの地的な手先として行動します。エゼキエル書三十八章十四-十七節、三十九章一-六節の預言によると、ゴグは地的な軍勢を引きつれて、復興した霊的イスラエルのこの「麗しい地」に侵入します。これは、エホバがその大いなる日の戦争を始めるときとなります。それで、ダニエル書十一章四十一節の中で聖所級は、マゴグのゴグの見えざるみちびきをうける北の王の最終的な攻撃

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59 ダニエル書八章九、二十三-二十五節の中で、「麗しい地」は何を象徴しましたか。それで、ダニエル書十一章四十一節では、だれが北の王からの最終的な攻撃を前もって警告されていますか。

[298] について、前もって警告されています。

 60 霊的イスラエルの「麗しい地」は霊的な意味を持ちます。それに対応する正しい釣り合いから判断すると、エドム、モアブの地およびアンモンびとのうちのおさなる者とは、首都がアムマン(昔のラバテ・アンモン)である現代のヨルダンを指さず、むしろ霊的な意味を持つにちがいありません。エホバの聖所級は、今日のイスラエル共和国--数人の成員がその中にいます--の中にはありません。聖所級の残れるものは、全地におり、彼らの「地」なる地的な状態は霊的な繁栄の美でさかえています。昔のエドム、モアブそしてアンモンは、エホバの民の地の境に接していました。それで、予言に言われている象徴的なエドム、モアブ、アンモンは今日のエホバの聖所級と接触し、関係を持つ者たちを表わすにちがいありません。昔のエドム、モアブ、そしてアンモンは、エホバの忠実な民に長いあいだ反対しつづけた敵たちでした。その理由で彼らは神の処罰を受けるようになったのです。(エレミヤ、四八ノ一から四九ノニニ。エゼキエル、二五ノ一ー一四。三五ノ一ー一五)すると、彼らは今日の霊的イスラエル、すなわち聖所級につよく反対する敵共を表わします。

 61 聖所級の敵共が、北の王の友になる、つまり北の王の側につくことは当然です。北の王は、エドム、モアブ、そしてアンモンで象徴される者たちに対して手を伸ばしません。これら現代の諸制度は、彼の手から救われて難をまぬがれるでしょう。しかし、他の多くの「国々」すなわち現代の制度、機関、地位は「滅ぼされる」でしょう。

 62 象徴的なエドム、モアブ、アンモンは、北の王なる共産主義者の手からのがれること

[299] ができるかも知れませんが、ハルマゲドンにおけるエホバの御手からのがれることはできません。昔、アンモン、モアブ、そしてセイルの山の民(エドム人)は、ヨシャパテ王の時代にエルサレムに進撃してきました。しかし、エホバの不思議な力によって混乱状態におちいり、互いに殺し合うという狂気じみた行動をしました。それで、来るべきハルマゲドンの戦いの時、エホバは、何ものも反抗し得ないその御力により、聖所級の敵共である象徴的なエドム人、モアブ人、そしてアンモン人を無秩序と混乱の状態に投げこむでしょう。彼らは破滅の兵器をたがいに向け合うでしょう。(歴代下、二〇ノ一ー二四)この自滅からのがれるものも、キリストのみちびくエホバの御使いの軍勢によって追跡され、ほろぼされるでしょう。「麗しい地」にいるエホバの聖所級は、保護されて生き残ります。   

 63 共産主義の北の王は、ハルマゲドンで終る以前に、侵略する、とエホバの御使いは、前もって告げました、「彼は国々にその手を伸ばし、エジプトの地も免れません。彼は金銀の財宝と、エジプトのすべての宝物を支配し、リビヤびと、エチオピヤびとは、彼のあとに従います」。(ダニエル、一一ノ四ニ、四三、新口)昔のプトレミイ王朝時代のとき、エジプトは富める国でした。その海港と首都アレキサンドリアは、ローマに次ぐ大都市で、文化と商業の大中心地でした。

 64 現在のエジプトは、西暦一九三六年に完全に独立して、以前の英国の高等顧問と、英国の軍隊はエジプトの地を去りました。しかし、スエズ運河[:戦略的に好都合だが、スエズ運河は絶えず改修していないと砂漠の砂で埋まって行って仕舞う運命の運河なんだって??!この世の体制が終わったら、砂漠の砂でスエズ運河は無いかも知れないと??!大型船、船底の大きい船は通れないらしい??!] とアレキサンドリアの海軍基地を守る者たちは、居残りました。第二次世界大戦中、英国の軍隊は、北の王ナチが、スエズ運河に手をのばして占領し、さらにエジプトを征服する事を阻止しました。一九四五年、エジプトは国際連合に加盟した最初の五十一カ国のひとつでした。一九五二年ファルク王は追放されて、政治上の変化

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63 ダニエル書十一章四十二、四十三節は「エジプトの宝物」について語っていますか。いつエジプトは富める国でしたか。 64 いつ現代のエジプトは独立しましたか。中立国家としてのアラブ連合共和国はどのように形成されましたか。

[300] が生じました。遂にガマル・アブデル・ナセル大佐は、共和国の大統領になりました。一九五六年六月十三日までに英国人はアレキサンドリアとスエズ運河から撤退しました。一九五六年の終り頃、危険なスエズ運河事変が起こりましたが、ナセル大統領はアラブ世界で名声を高めるにいたりました。一九五八年二月一日、エジプト共和国とシリア共和国は合併して、アラブ連合共和国と呼ばれる合一国家になりました。一九五八年三月八日、イェーメンの国はアラブ連合共和国に加わって、連合アラブ国家をつくりあげました。ナセル大統領は、拡大されたこの連合国のためにアラーの神に祈りをささげました。彼は共産主義の東のブロックに対しても、民主主義的な西のブロックに対しても、「積極的な中立」の道をとるという決意をつよく宣言しました。

 65 ダニエルに告げられた御使いの予言の中では、エジプトは、南の王の所在地でした。それで、北からエジプトに加えられた攻撃は、南の王を押し戻すためです。その予言が成就している今日、これは実際のエジプトの地に言及していません。なぜなら、北にある「麗しい地」は霊的な意味、象徴的な意味を持っているからです。それで、エジプトも霊的に見なされねばなりません。聖書の最後の本は、エホバの「二人の証者」について、次のごとく語っています、「彼らの屍[:しかばね] は、霊的な意味でソドムとエジプトと呼ばれている大きな都の大通りに横たえられるであろう。彼らの主も、この都で杭につけられたのである」。(啓示11:8,新世)主なるイエス・キリストは、ユダヤのエルサレムで殺されたため、彼は霊的の意味の「エジプト」で杭につけられたことになります。エジプトは、この世を象徴したからです。イエスは彼とその忠実な弟子たちは、この世と交わりがないと言われました。(ルカ、一三ノ三三、三四。ヨハネ、一五ノ一八、一九。一七

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65 なぜダニエル書十一章四十二、四十三節の中でエジプトを象徴的に見るべきですか。利己的な北の王は、どんな面で象徴的なエジプトに興味を持ちますか。

[301]

ノ一四ー一六)共産主義者の王が、支配的な地位を得たいとたくらんでいるのは、この世のことです。彼は大戦争をしなくても、思想的、商業的、科学的、文化的な運動によって世界の支配ができるといま主張しています。彼は出かけて行き、中立を保つ諸国家をも自分の側に引き入れようとします。それで、彼はいろいろの手段により「国々(興味のある地的な領域)にその手を伸ばし」つづけます。

 66 今まで彼はいろいろの仕方で彼の特色をあらわしました。すなわち共産主義者のスパイや、暴動をはかる手先共を入りこませたり、賄賂を使ったり、腐敗をすすめたり、交易の条約をむすんだり、貸付金や技術的な援助を提供したり、自己防衛しようとする諸国家には報復すると脅したり、反対者たちの立場を悪いものにするため、積極的な宣伝をしました。彼は、ラジオを用いたり、頂上会談をふくむいろいろの政治的な会談そして国際連合総会の演説をしました。彼は平和勢力の擁護者である振りをして、平和提唱をしました、彼は、植民地主義、帝国主義、そして戦争をつくり出す資本主義からの自由解放を約束しました。彼は弾道弾の分野で優位に立ち、1957年-1958年の国際地理学年中、大陸間弾道弾により、最初と二番目のスプートニクを宇宙空間に打ち上げました。彼は強烈な「冷たい戦争」を行い、人々の心を捕えるために戦争もしました。彼は、北太平洋条約機構[:NATO:対ソヴィエット共産主義政権国封じ込めに効を奏した!?!]、東南アジア条約機構そしてバグダッド条約のような諸国家の防衛に対して痛烈な言葉による攻撃を加えました。彼は中立の国々に正式な友好訪問を行ない、南の王から軍備の供給を拒絶された国々には軍備を供給しました。彼は、あらゆる面において攻撃に出ました。

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66 第二次世界大戦以来、北の王は可能なかぎり、どこにむかって攻勢に出ましたか。

[302]  67 北の王が「終わりのとき」に達する時、どの位遠くに行くかは、将来になって明らかになるでしょう。しかし、彼は金と銀、また油も含めて商業化されて物質的になったこの世の貴重なものを全部支配する、と予言されています。この世の隣人のようなものたち、すなわちエジプトの隣人であるリビヤ人やエチオピア人によって表わされた者たちは、「彼のあとに」従います。彼らは強制的に従うか、あるいは利己的な目的のために彼のあとに従います。もちろん、これはいろいろの面で南の王にとっては大きな損失です[:中国大陸でさえ、悔い改めない無神論の共産主義!!好き好き!!という名目で、共産党にこしいれしたとか?!]。

 68 彼は南の王を滅ぼさず、南の王も北の王に最終的な手段を取らせてその自滅を招かせる原因は何ですか。エホバの御使いは、次の予言によりこのことをこう解明しています、「しかし東と北からの知らせが彼を脅かし、彼は多くの人を滅ぼし絶やそうと、大いなる怒りを持って出て行きます。彼は海と麗しい聖山(栄光に輝く聖山、リーサー訳)との間に、天幕の宮殿を設けるでしょう。しかし、かれはついにその終わりにいたり、彼を助ける者はいないでしょう」。--ダニエル、一一ノ四四、四五、新口。

 69 彼を驚かす東と北からの知らせは、南の王からの知らせではありません。また北にある自分の国からの知らせでもありません。その知らせは、この世を分割する北の王と南の王の領域外から来るにちがいありません。中立の諸国家は核力をを持つ国ではないので、重大視されません。象徴的なマゴグのゴグは、「北の果」(エゼキエル39:2新口)から来る、と予言されていますが、北の王を驚かす知らせは、サタン悪魔からは来ません。なぜなら、この象徴的なマゴグのゴグは、北の王と南の王の両方をみちびいているからです。それでは、彼を恐れさせる知らせは、だれから来ますか。

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67 北の王は何を支配する、とダニエル書十一章四十三節は予言していますか。どのような面で、リビア人やエチオピア人は彼のあとに従いますか。  68 北の王は南の王を滅ぼす、あるいは彼は南の王により滅ぼされると、ダニエルの予言は示しますか。  69 北の王を驚かせるこの知らせは、だれからは来ませんか。

[303]  70 ダニエルの予言の中で、北の王は南に押し入り、エジプトに侵入しました。そしてエジプトの貴重なものを手に入れ、南の人々であるリビア人やエチオピア人たちに影響して彼に従わせるようにしました。北の王が占めたこの戦略的な場所から見ると、「麗しい地」なるユダヤの地はちょうどユダヤがエジプトの北東にあったごとく、彼の北と東、つまり北東にありました。それで、彼を驚かせる知らせは、「麗しい地」で霊的に繁栄しているエホバの聖所級から来るにちがいありません。今にいたるまで、「他の羊」の大いなる群衆によって支持されている聖所級は、エホバの宇宙主権につき、また一九一四年に「諸国民の定められた時」が終ってキリストによる神の王国が設立されたことにつき、そして一般にハルマゲドンの戦争と呼ばれる来るべき「全能者の神の大いなる戦争」について知らせてきました。エホバはいま、どんな内容の知らせをあたえるなら、彼がついに激怒して聖所級と仲間の崇拝者を滅ぼそうとするかを御存知であって、その通りに決定するでしょう。

 71 知らせが、エホバ神および統治している王イエス・キリストを通して出ているので、それは北と東から出ている、と聖書的に言うことができます。聖書によると、エホバ神は北におられます。(詩編、75:6,7.48:2)永遠の王であるエホバ神と彼の統治している王イエス・キリストは、「日の出る方から来る王たち」つまり東から来る王たちと象徴的に言われ、この両者はユフラテ川にあったバビロンで予影された制度に向かって進撃します。(啓示、16:12)エホバは、彼の統治している王を東から、すなわち日の出る方から呼ぶと語っています。(イザヤ46:10,11)それで、北の王に対して知らせだけでなく、また破壊の勢力も、その放面から来るでしょう。この知らせは、エホバの日に目に見える地的な伝達の経路を通して、この王の

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70 すると、東と北から来るこの驚きの知らせは、だれから来るにちがいありませんか。その知らせの内容は何ですか。  71 北の王に対して、知らせの他に何が北と東から来ますか。どのくらいの期間、その知らせは彼のところに来ますか。

[304] ところに達します。そしてこの知らせは王を激怒させて滅びの道を行かせます。この予言はひとつの事を明確に示します。すなわちエホバの聖所級とその仲間の崇拝者なる大群衆は、北の王の「終わりの時」にいたるまで全地にわたって「御国のこの良いたより」を伝道し、マタイ伝二十四章十四節に従いつづけます。彼は彼らをやめさせることができないでしょう!

 72 北の王は急いで出かけて、多くのものを滅ぼそうとします。しかし、この破壊はどの程度まで達成されますか。彼は行動の根拠地をどこに設立しますか。エホバの御使いは、彼がその宮の天幕を「大海と麗しい聖なる山」のあいだに設けると予言しました。--ユダヤ人協会訳。

 73 ダニエルの観点によると、地中海は、パレスチナの死海と、エホバの聖所なる宮殿のある聖なる山のあいだにあります。地中海は、パレスチナの死海と、ガリラヤの海にくらべると非常に大きいので、ヘブル語で「大海」と言われます。それで、王の天幕はエホバの献身した民の地、すなわち「麗しい地」にあって、王が攻撃を加える主要点は、エホバの聖所がある「麗しい聖なる山」です。そこでは、エホバの「聖なる国民」が異邦人なる善意者と共にエホバを崇拝します。北の王がエホバの崇拝の根絶をはかることは明白です。むかし、北の王は、エホバの崇拝の聖所を汚し、足元にふみつけました。地下運動によるものにしても、その崇拝が根強く生き残り、進歩が阻止されないことは、王を怒らせます。聖所級と崇拝をささげる「他の羊」が、家から家に、公に、また地下運動でひそかに伝道している、という知らせは、共産主義者の独裁的権力をいらだたせます。これらの御国伝道者達に対する運動の方が、南の王に対する侵略運動よりもはるかに重要なものとなります。北の王と南の王とのあいだの関係は、それほど危険なものではなく、脅威をもたらすものではありません。実際、目に見えぬ支配者、象徴的なマゴグのゴ

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72 エホバの御使いによると破壊をもたらすために、彼はどこに宮の天幕を設けますか。  73 この行動の根拠地によると、北の王が攻撃を加える主要点は何ですか。ついには、だれがこの攻撃に加わりますか。

[305] グは、両方の王をあやつって、エホバの「麗しい地」に対する最終的な大攻撃に参加させます。

 74 西暦七十年までエホバの宮が立っていた山、また、回教の岩寺院が立っていたためにヨルダンの国がかたく保持したその山は、もはやエホバ神にとって神聖なものではありません。それで、中東にあるこの地的な山は、怒りくるった北の王が攻撃する真実の目標ではありません。その目標は、聖所級のエホバの残れる者と「他の羊」の大いなる群集です。これらの者たちは、エホバを崇拝して、「獣の像」、自分を神格化する北の王、政治的な国家、そして「要害の神」への崇拝を拒絶します。北の王は成功しますか。彼は、国家の認めぬこの禁ぜられた崇拝を終らせますか。予言の声は、次のように答えています。「彼はついにその終わりにいたり、彼を助けるものはないでしょう」。彼はその「終りの時」にいたります。終わりの時は「定められた時」に来ます。

 75 彼は、エホバ神とその御国に敵対して戦うなら滅ぼされる、という警告の「東と北からの知らせ」を信じませんでした。彼はゴグのみちびきの下に、度を越した戦いを行い「麗しい聖なる山」にあるエホバの聖所に攻撃を加えます。彼はエホバの定められた時に彼の終わり、すなわち彼のハルマゲドンに会います。彼を助ける者はひとりもいません。南の王も彼を助けません。なぜなら、この王もハルマゲドンで滅ぼされるからです。「彼は人手によらずに滅ぼされるでしょう」。(ダニエル8:25,新口)悪鬼的なマゴグのゴグ、すなわちサタン悪魔は、その悪鬼共とともどもに、歴史上最後の戦いにおいて北の王を助けることができません。なぜなら、ゴグ自身も敗北を受けて打ち砕かれるからです。

 76 なぜ二千年間つづいてきた「北の王」は、全くの絶望状態の中に「その終わりにいたる」のですか。その後につづく御使いの予言は霊感の、すばらしい答えを与えています。

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74 なぜ彼の攻撃目標は、「麗しい聖なる山」ですか。彼の攻撃の成功について予言は何と述べていますか。   75 なぜ彼は度を越した戦いをするのですか。なぜ彼を助ける者はひとりもいませんか。  76 彼は全くの絶望状態の中にハルマゲドンで「その終わりに至」らねばなりませんが、私たちはその理由をどのように知りますか。

第12章

聖所の君は立ちあがる [306]

 1 この時代の人類は、特別に指定された時に住んでいます。人類の創造者はそれを指定しました。創造者は、幾千年もむかしにこう言われました、「天の大空に光があって、昼と夜を分け、しるしのため、季節のため、

[307] 日のため、年のためになり……」。(創世記、1:14,新口)創造者は、地上の人間がときを守ることをのぞまれました。創造者ご自身も、絶対正確で変動することのないご自分の時間の予定にしたがい人間に対して時間を守ります。その時間は、地に対するご自分を示す太陽、月そして星が正確であるのと同じく正確です。

 2 神の目に見えない活動力、聖霊のみちびきを受ける人は、神の書き給うた御言葉、聖書を研究することによって、神の時を知ることができます。クリスチャンの使徒パウロは、自分の霊的な兄弟たちにこのことを再び確信させるため、こう書きました、「兄弟たちよ、その時期と場合とについては、書き送る必要はない。あなたがた自身がよく知っているとおり、エホバの日は盗人が夜くるように来る。人々が平和だ無事だと言っているその矢先にちょうど妊婦の産みの苦しみがのぞむように、突如として滅びが彼らをおそって来る。そして、それからのがれることは決してできない。しかし、兄弟たちよ。あなたがたは暗闇の中にいないのだから、その日が、盗人のようにあなたがたを不意に襲うことはないであろう」。(テサロニケ第一5:1-4,新世)国際的な平和と安全がつよくすすめられているこの核時代において創造者はどんな出来事のためにこの時代の時を指定されたのですか。

 3 この指定された時は、(西暦)1914年に始まりました。その重要な年に、2520年にわたる「諸国民の定められた時」は終了しました。1914年から2520年むかしにさかのぼると、西暦[:前]607年に達します。その年には地的な「エホバの座位(くらい)」がくつがえされ、座位のあったエルサレムの都とその聖所は滅ぼされ、そしてユダの国の地が全く滅ぼされる、と

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1 この時代の人類が住んでいる時はどうして指定された時ですか。  2 どのように神の時を見出すことができますか。この時代の時を指定することについて、私たちは何を知りたいと思いますか。  3 なぜこの指定された時は1914年に始まりましたか。このことから、どうして私たちはむかし天におられた時のイエスの名前が何であったかを知りたいと思いますか。

[308] 指定されました。今から千九百年の昔、ユダのエルサレムを支配した最初の王の王の子孫の一人は、くつがえされた座位の正当な相続者として地上に来ました。その者はイエスでした。彼は神の御国で支配するために、エホバの御霊で油注がれ、キリストと呼ばれました。エホバ神を崇拝する人間として生まれるため、彼は天から下りました。地上で初めて彼はイエスと呼ばれたのです。人間になる以前に天にいた時の彼の名前は何でしたか。知ることができますか。できます。私たちはそれを知ります。

 4 彼はダビデ王の永久の相続者でしたが、聖なる油は注がれず、御霊で油を注がれました。そして、西暦33年の春、座位のあったエルサレムの町にろばにのって、勝利を得た様子ではいりました。しかし、彼がくつがえされた「エホバの座位」にすわるようにとは告げられていなかったのです。ユダヤ人の大祭司と従属の祭司たち、および他の宗教的な指導者たちは、過ぎ越しの日に彼を殺しました。三日目に彼は死人の中からよみがえらされ四十日後に昇天して、天に帰りました。その時以来、天における彼の名前は何ですか。天における正しい名前を持つかれは、西暦1914年まで神の右で待っていました。そして「諸国民の定められた時」が終わったその年、神は彼を王として座位につけました。

 5 エホバの御使いの預言は、油そそがれた神の御子が天で1914年に御座についたことを指摘し、ダニエルにこう語りました、「その時あなたの民を守っている大いなる君ミカエルが立ちあがります。また国が始まってから、その時にいたるまで、かつてなかったほどの悩みの時があるでしょう。しかし、その時あなたの民は救われます。すなわちあの書に名をしるされた者は皆救われます」。--ダニエル、12:1,新口。

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4 彼はどのように天に戻りましたか。そのとき以来、彼についてはどんな興味ある事柄がありますか。  5 ダニエル書十二章一節は神の御子の即位のことに言及するため、どう述べましたか。

[309]  6 それでは、ダニエル書12:1のどこのところに、イエスの名が述べられていますか。ダビデ王の相続者がベツレヘムで生まれてイエスと名づけられた時よりも五百年以上のむかしにこの預言は語られて、書き記されたため、イエスの名前は述べられていません。しかし、神の子は、ダニエル12:1に述べられています。だれですか。ミカエルです。この節の前に出ている会話の中で、御使いはこの天的な神の子を「天使の長のひとりであるミカエル」そして「あなた方の君ミカエル」とダニエルに語りました。そしてダニエル書12章1節のところでは、御使いは彼のことを「あなたの民を守っている大いなる君」と呼びました。彼は神の民、彼は神の民、ダニエルの民を支配する君でした。それで彼は神の子でした。エホバ神が、地を創造したときに、「明の星は相共に歌い、神の子たちは喜び呼ばわった」(ヨブ、38:7,新口)彼はその神の子たちのひとりでした。イエス・キリストがダニエルの民の一員として地上におられ、ダニエルの民の一員として地上に居られ、ダニエルの民を支配する君または王になるために油そそがれたとき、ミカエルは天にいましたか。そして、イエスを含むダニエルの民を支配する天界の君でしたか。どのように知ることができますか。

 7 このことを明確に判断するため、次の質問をしなければなりません、天にいるミカエルについてダニエル書十二章一節は何と言っていますか。こうです、「その時……ミカエルが立ち上ります」。この意味は何ですか。ミカエルが天で王になる、という意味です。ダニエル書十一章の中では、「立ち上[:あが] る」という言葉は、しばしば力を取り、王として支配し始めることを意味しています。「ペルシャになお三人の王が立ち上がるでしょう…力のあるひとりの王が立ち上がって支配するでしょう。……しかし彼女の根のひとつは、彼の代りに立ち上がるでしょう……彼に代っ

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6 (イ)なぜこの節にはイエスの名前が述べられていませんか。しかし、神の御子はここでどのように言われていますか。 (ロ)それから五百年後にミカエルの居たところについては、どんな質問がありますか。  7 ダニエル書十二章一節の成就としてミカエルが立ち上がるとは、どういう意味ですか。それで、彼はいつ立ち上がりましたか。

[310] て立ち上がる者は、租税を取り立てる者を栄光の国につかわすでしょう……彼の代りに卑しむべき者が立ち上がるでしょう。彼には国の尊厳が与えられなかった」。(ダニエル、11:2,3,7,20,21。ユダヤ人出版協会訳)ミカエルは北の王の最終的な年月中、つまり「その時に」天で王として支配し始めます。その時は西暦1914年であると、神は指定しました。--ダニエル、11:29,新口。

 8 ミカエルは、北の王と南の王が争っている時に支配するために立ち上がります。それで、ミカエルは彼を「君」に戴く人々の敵の中で、支配し、治めるために立ち上がります。すると、彼は彼の敵の只中で立ち上がることになります。イエスが生まれた時よりも530年以上のむかし、そして西暦1914年より2440年以上のむかし、ミカエルがこのことをすることは前もって告げられました。「諸国民の定められた時」の終った1914年、他の聖書預言によるとだれが支配し始めねばなりませんか。ダビデ王の相続者、すなわち回復された神の御国で統治する権利を持つ者です。地的な名前によると、この者はだれですか。それは、天の神の右において栄化されたイエス・キリストです。彼こそは、ダニエル書7章13,14節によると、日の老いたる者の座位に連れられ、支配と栄光と御国を与えられる人の子です。

 9 さらに、「あなたはもろもろの敵のなかで治めよ」。という命令と共に、エホバがその力の杖を天的なシオンから突き出す者はだれですか。(詩編、110:1,2,新口)それはイエス・キリストです。「キリストは多くの罪のために一つの永遠のいけにえをささげた後、神の右に座し、それから、敵をその足台とするときまで、待っておられる。彼は一つのささげ物によって、きよめられた者たちを永遠に全うされたのである」。(ヘブル、10:12-14,新口)それで、ミ

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8 (イ)なぜミカエルは立ち上がり、統治し始めましたか。(ロ)ミカエルがこれをすることは、どのくらいむかしに前もって告げられましたか。他の預言の中では、(西暦)1914年にだれがこのことをすると前もって告げられていましたか。  9 敵の只中で治めるように命ぜられた者は、だれですか。そして彼はだれですか。

[311] カエルがだれであるかは、明白に示されています。ダニエル書十二章一節を成就するために「大いなる君ミカエルは、神の右におられる主イエス・キリストです。

 10 ダニエル書12章1節(新口)の残りの部分も、彼がだれであるかを示しています。「また国が始まってから、その時にいたるまで、かつてなかったほどの悩みの時があるでしょう。しかし、その時あなたの民[:原括弧:ダニエルの民]は救われます。すなわちあの書に名をしるされた者は皆救われます」。ミカエルが敵の只中で支配し、その中で治めるために立ち上がるために、前代未聞[:ぜんだいみもん] の戦争、古今未曾有[:こきんみぞう] のなやみが起きます。そうなるにちがいありません。1914年に起きた戦争が全地にわたるものであった、という理由だけでなく、天と地の両方がこのなやみにまきこまれたからです。

 11 栄化されたイエス・キリストは、このなやみが始まったときのダニエルの民の大いなる君ミカエルです。それで地上にいたイエスがこの世の終りについて預言したときに、この世のなやみについても預言し、しかもダニエルの預言を用いて預言することは全くふさわしいことでした。イエスは、その預言の中でダニエルの書から二度引用して、こう語っています、「預言者ダニエルによって言われた荒らす憎むべき者が、聖なる場所に立つのを見たならば(読者よ、悟れ)そのとき、ユダヤにいる人々は山へ逃げよ。……その時には、世の初めから現在に至るまで、かつてなく今後もないような大きな艱難が起こるからである。もしその期間が縮められないなら、救われる者はひとりもないであろう。しかし、選民のためには、その期間が縮められるであろう」。--マタイ、24:15-22,新口)

 12 イエスは、「私たちに告げて下さい。いつこのことは起りますか。あなたの来ることと、こ

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10 ダニエル書十二章一節の預言によるとミカエルが立ち上がることは、どんなことが、どのような規模で勃発する事を意味しますか。  11 世の終わりについて預言したイエスが、ダニエルの預言から引用したことはなぜ適当でしたか。

[312] の状態の結末のしるしは何ですか」。とたずねた使徒たちの質問に対する答えの一部としてその言葉を語られたのです。(マタイ、24:3*)聖書の新世界訳はこうです、「お話して下さい。これらのことはいつ起るのですか。あなたの臨在とこの組織制度の終りのしるしはどんなものですか」。この世界になやみが始まったことは、イエス・キリスト、すなわち天にいる大いなる君ミカエルが神の復興された御国の座位で臨在していることを証明するあかしの一部です。この事実は、「この状態」すなわちこの「組織制度」が終結するにちがいないことを示します。

 13 聖書の最後の本、すなわちイエス・キリストがヨハネに与えた黙示録は、ダニエル書から四十以上の聖句を引用しています。天のイエス・キリストが王冠をつけて座位につくことにより神の御国は誕生しました。黙示録は、しるしによってその神の御国の誕生を示すとき、前代未聞のなやみは、天をも含むと予(あらかじ)め告げています。目に見えない天界の事柄について啓示する書物は、男の子のごとき御国の誕生の成功を次のように告げています、「この子は、神のみもとに、その御座のところに、引き上げられた。……さて、天では戦いが起こった。ミカエルとその御使いたちが、龍と戦ったのである。龍もその使いたちも応戦したが、勝てなかった。そして、もはや天には彼らのおる所がなくなった。この巨大な龍、すなわち、悪魔とか、サタンとか呼ばれ、全世界を

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*「一般に新約と言われるイエス・キリストの使徒と福音伝道者の聖なる書」からの引用。ジョージ・キャンベル、ジェームス・マックナイト、そしてフィリップ・ドットリッジ博士たちにより原文のギリシャ語から翻訳。序文、いろいろの訂正、そして附録を持つ。アレキサンダー・キャンベル著。第4版。ヴァージニア州ブルーク郡、ベタニー。1835年エムベイとエウイングによって出版印刷。マタイ伝十三章三十九、四十節はこの訳によると、次のようです。「収穫はこの状態の結末で在る……それと同じく、この状態の結末もそうであろう」。マタイ伝二十八章二十節「この状態の結末」

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12 使徒たちのどんな質問に対する答えとして、イエスは前述のことを言われましたか。それでは、そのなやみの始まりは何をあかししていますか。  13 ヨハネに与えられた黙示録は、ダニエル書からいくつ引用していますか。サタン悪魔に対する天の戦争の中で、だれが勝利を得た、と黙示録は示していますか。

[313] 惑わす年を経たへびは、地に投げ落とされ、その使いたちも、もろともに投げ落とされた。その時、私は、大きな声が天でこう言うのを聞いた、『いまや、われらの神の救いと力と国と、神のキリストの権威とは、現れた。われらの兄弟を訴える者、夜昼われらの神のみ前で彼らを訴える者は、投げ落された』」。(黙示、12:5ー10、新口)サタン悪魔に対する戦争で、ミカエルは勝利を得ます。

 14 このミカエルは、復活され、栄化されて御くらについたイエス・キリストですか。そうです。彼は、預言的なまぼろしをダニエルに伝えた御使いに援助を提供したミカエルと同じミカエルです。(ダニエル、10:13、21)西暦前二年以前のむかし、天の神のひとり子はミカエルと呼ばれました。その名前は、「だれが神のようであるか」という意味です。彼は天的な力を捨てて、その生命がユダヤ人の処女マリヤの胎に奇跡的に移され、そして人間として生まれ、イエスと呼ばれたとき、彼は天的な名前であるミカエルを捨てましたか。捨てませんでした。イエスが生まれる以前のイスラエルの国民の中には、ミカエル*と言う名を持つ人が十人いました。しかし、神の子は、地上にいたときその名で知られなかったのです。「その子をイエスと名づけなさい」、と御使いガブリエルは、イエスの母親マリヤに告げました。(ルカ、1:26-31、新口。2:21)それで、地上にいたときの彼は、もと天でいたミカエルで、「天使の長のひとり」であったということは暗示されませんでした。ダニエル書八章十一、二十五節(ユダヤ人出版協会訳。ア標訳)はエホバ神のことを「衆群の君」「君の君」と語っています。エホバは、いちばん主要な君で

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*民数紀略、13:13。歴代志略上、5:13、14。6;40。7:3。8:16。12:20。27:28。歴代志略下、22:2。エズラ、8:8.

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14 イエスが人間として地上におられた時、彼がミカエルであったとか、天にいた天使の長のひとりであった、という事はどうして暗示されませんでしたか。

[314] あって、エホバと共にいる御子ミカエルは、「天使の長のひとり」です。彼は平和の君になりました--イザヤ、9:6。

 15 彼が人間イエス・キリストとして死んで復活され、そして天に戻ったときの彼の正しい名前は何でしたかそれは…、天に戻った時の彼の名前はその地的な…彼は天的な名前ミカエルをふたたび取りました。イエス・キリストという名前は、彼が地上で…、保存されました。…ミカエルなる彼は、天の成員でした。…彼が大いなる蛇にくびすを砕かれても、次には彼が蛇の頭をくだくすえになるためです。(創世記3:15)…ユダ書九節は、彼を「御使いの頭ミカエル」と呼んでいます。ミカエルは、かつて天でサタン悪魔と戦い、勝利を得ました。

 16 栄化されたイエス・キリストは、大いなる君ミカエルで、ダニエルの民を守るゆえ、彼は聖所の君です。今日のダニエルの民は、ダニエルと同じくエホバの証者です。彼らは、エホバの聖所級、すなわち「生ける石」で成り立つエホバの宮、エホバの御霊によって住まわれるエホバの「霊的な家」です。栄化されたイエス・キリスト、すなわちミカエルはこの生ける聖所の主要な隅石です。それで、彼は聖所の君であり、彼はご自身を通してその上にこの聖所を建

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15 彼が天に戻られて後は、その名前は何でしたか。彼がサタンを天から追い出す者であることは、なぜ正しいことでしたか。彼はどのように聖所の「君」ですか。聖所級はの残れるものであることは、なぜ正しいことでしたか。  16 彼はどのように聖所の「君」ですか。聖所級の残れるものに対する彼の義務は何でしたか。

[315] てます。この聖所級の残れるものを守り、彼らをその圧迫者たちから救い出すことは、彼の義務です。

 17 ミカエルなる彼がいま彼らの君であることはいままで以上に当然の理由があります。なぜですか。なぜなら、彼は御国の共同相続者の「小さな群れ」のために、ご自分の人間としての生命を捨てられた方でエホバの正しい羊飼いだからです。「その名をイエスと名づけなさい。彼は、おのれの民をそのもろもろの罪から救う者となるからである」。(マタイ、1:21、新口。ヨハネ、10:11-15。ルカ、12:32。ローマ、8:16、17)君である彼は、いままで以上の大きな力を持っています、なぜなら彼は「自らをひくくし、死にいたるまで、苦しみの杭の死にいたるまで従順であられた。それゆえに、神は彼をより高い地位にあげて、すべての名にまさる名を彼に与えられたのである。これはイエスの名において、天にあるもの、地にあるもの、地下にあるものすべてがひざまづき、またすべての舌は、『イエス・キリストは主である』と言い表わして、父なる神に栄光を帰するためである」。(フィリピ、2:8-11,新世。マタイ、28:18)1914年、彼は全宇宙を支配するエホバの首都制度の支配している王になりました。彼は、平和の君なることを証明するでしょう。--イザヤ、9:6。

 18 天界にいたミカエルは、ダニエルにまぼろしを伝えた御使いと交わりを持っていました。それで、彼はダニエル書の予言を良く知っていたのです。彼はエホバの御霊で油注がれた地上の人間イエスのとき、ダニエル書に通じていることを示しました。彼は、象徴的な北の王と南の王との間の戦いの真只中[:まっただなか] に、エホバの民の大いなる君が御国の力を取って立たねばならぬ、ということを前もって知っていました。聖所級の使徒たちが、この組織制度の終りの時にイエスが御国に

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17 彼が彼らの君になることはなぜいままでにない当然の理由がありますか。  18 天のミカエルであったイエスは、聖書に通じていることをどのように示しましたか。どんな戦いの只中に、彼は御国に来なければならぬということを知りましたか。

[316] 臨在される見えるしるしは何か、とイエスにたずねたとき、彼はダニエル書と一致する答えを与えて次のように言われました、「民は民に、国は国に敵対して立ち上がるであろう。またあちこちに、ききんが起り、また地震があるであろう。しかし、すべてこれらは産みの苦しみの始めである。そのとき、人々はあなたがたを苦しみにあわせ、また殺すであろう。またあなた方は、私の名のゆえにすべての民に憎まれるであろう。……しかし、最後まで耐え忍ぶ者は、救われる。そしてこの御国の福音は、すべての民に対してあかしをするために、全世界に宣べ伝えられるであろう。そしてそれから最後が来るのである。予言者ダニエルによって言われた荒らす憎むべき者が、聖なる場所に立つのを見たならば(読者よ、悟れ)……」。(マタイ、24:7ー15、新口)1914年の北の王と南の王との間の第一次世界大戦以来これらの出来事により、エホバの聖所級は、彼らの君イエスが天の御国に臨在されていること、および諸国民の終りが来る前に御国のこの良いたよりを万国民への証として全世界に伝道しなければならないことを知りました。

 19 一九一九年、「荒らす憎むべきもの」は、国際連盟として設立され、神の御国の地上における政治的な表現として尊崇されました。このことにより、クリスチャンはミカエルが立って、私たちが「終りの定められた時」にいることについての証拠をさらに得ました。この「獣の像」を拝まず、設立された神の御国に忠節を保って、あらゆる場所で御国を伝道したため、彼らは特別な仕方で迫害を受け始めました。しかし、その迫害そのものも、私たちがこの組織制度の末の日にいることをいっそう証明します。

 20 彼らは、「産みの苦しみの初めの」後に一九一四年と一九一八年の間諸国民のくらやみと患難が増すのを目撃しました。これらの賢明な者たちは、それこそダニエルの予言とイエスの予言

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19 クリスチャンにとって、「憎むべきもの」の設立と、彼らが迫害をうけたことは、さらに何を証明するものでしたか。 20 (イ)「産みの苦しみが始まった」後に国際的な暗やみと苦難が増し加わったことは、イエスの語ったどんな預言を成就しますか。 (ロ)天から星が落ちた結果は何ですか。

[317] の成就であると悟りました。「その時に起る患難の後、たちまち日は暗くなり、月はその光を放つことをやめ、星は空から落ち、天体は揺り動かされるであろう。そのとき、人の子のしるしが天に現れるであろう。またそのとき、地のすべての民族は嘆き、そして力と大いなる栄光とをもって、人の子が天の雲に乗って来るのを、人々は見るであろう」。(マタイ、24:29,30、新口)星が天から落ちるとき、どこへ落ちますか。この地上ですか。この地球は持ちこたえることができないでしょう。この地球は星を支えることができません。それで、星が地球に落ちる、とは考えられません。しかし、星が天から落ちるなら、星は、人間のための天界の光ではなくなり、みな消えてしまうでしょう。昼間は太陽が暗く、夜は月が光を放たないので暗闇はつづきます。星が落ちれば、その暗闇はいっそう深まります。この古い世はまっくらやみになります。

 21 クリスチャンである弟子ルカは、イエスの御国とこの世の「定められた終りの時」の証拠についてのイエスの預言を詳細にこう述べています。「民は民に、国は国に敵対して立ち上がるであろう。また大地震があり、あちこちに疫病やききんが起り、いろいろ恐ろしいことや天からの物すごい前兆があるであろう。また日と月と星とに、しるしが現われるであろう。そして、地上では諸国民がなやみ、海と大波とのとどろきにおじまどい、人々は世界に起ころうとする事を思い、恐怖と不安で気絶するであろう。もろもろの天体が揺り動かされるからである。その時、大いなる力と栄光とをもって、人の子が雲に乗って来るのを、人々は見るであろう」。(ルカ、21:10、11、25ー27、新口)一九一四年以来の全世界からのニュースは、イエスの予言がたしかに成就したこと、そして人の子ミカエルの立ったことを証明しています。

 22 天からの「物すごい前兆」と「大きなしるし」を考える際に、次のことをも考慮に入れるべ

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21 ルカはさらにどんな詳細な言葉でもってイエスの預言を記録していますか。どんな報告によりその成就は見られていますか。 22 天からの「物すごい前兆」と「大きなしるし」として、最近発見されたどんな事柄に考慮すべきですか。どんな放射線についての興味はますます増加していますか。

[318] きでしょう。それは、現代科学が発見した新しい事柄で、人々の注意を喚起しており、科学者も一般の人々も、そのために精神的な動揺と恐れをますます大きく感じています。いわゆる宇宙線に関する科学的な研究は、ますますさかんになっています。あまり遠い昔ではない一九一一年、空中のラジウムからの貫通ガンマ線吸収について科学的な実験を行なった結果、ヴィ・エフ・ヘス博士は空中における全部の電離はこれだけに起因するのではない、と考えました。後日、気球を用いての実験により、上方から極めて強力な放射線、宇宙線が来るという正しい結論が得られました。光の速度を持つ宇宙線は、地球の大気を通ってついに地球にぶつかります。その強いエネルギーは、地下200フィートまで貫通しても、なお測定が可能です。宇宙線のエネルギーは、幾十億電子ボルトにも達します。太陽系の太陽は、この宇宙線の働きといくらかの関係を持ちます。

 23 太陽の表面に斑点のようなものが現われる時、宇宙線放射が強くなることが観察されました。どういうことですか。それは私たちの目には黒い斑点に見えるもので、太陽黒点と呼ばれています。実際には、それは太陽の表面上におけるエネルギーの大きな火焔です。国際地球観測年であった一九五七年の十二月、太陽は「最近」科学的な研究と協力した、と報ぜられました。どのように?「太陽に関する記録状最大級の火焔を示した……最近に太陽は十一年の太陽黒点周期の最高潮に達した。異常な数の火焔ができた、これらの火焔は、粒子を放射すると考えられる。それは一日か二日の後に地球の大気にぶつかり、磁気あらしや他の現象を起す*」。太陽黒点の活動は「ラジオとテレビジョン電波を妨害した」と報告されました。研究の示すところによると、

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*十二月十四日、コロラド・ボウルダー発の特別な記事による。一九五七年十二月十五日のニューヨーク・タイムス紙に掲載。

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23 報告によると、太陽系の太陽はこの宇宙線にどんな役割を果していますか。どんな影響を及ぼしていますか。

[319] 太陽火焔の後には宇宙船の放射はふえ、ラジオ電波は弱くなります。火焔が現れてから約一日の後に磁気あらしは全世界に感ぜられます。宇宙線がいちばん多く来る期間中、地上のある部分ではそのラジオ通信は、ほとんど完全に遮断されてしまいます。通信用、および電力を伝えるための鉛で覆われたケーブルにも、完全に浸透し、露出して居無いエックス線のフィルムも使用できなくなりました。

 24 これらの宇宙線はどこから来ますか。星からではありません。宇宙線粒子全部が持つエネルギーの総量は星が今までに出したエネルギー全部よりもはるかに多い、と科学的に証明されています。大きなエネルギーを持つ宇宙線は四方八方から来るように見え、科学者たちはその起源について十分の満足を与える説明ができません。いちばん大きなエネルギーを持つものは、「天[:あま]の河[:がわ] 」よりも遠いところから来ます。

 25 宇宙線が動物の体内の生細胞、特に頭の病気に及ぼす影響について研究が行なわれています。宇宙線は、この地上における人間の挙動にどんな影響を及ぼしますか。また将来には、どんな影響を及ぼすでしょうか。宇宙線の創造者なるエホバ神は、宇宙線を用いて、北の王や南の王をふくむ敵共の頭に影響を及ぼすことができます。彼らがその影響のために殺し合うでしょう。「すべての人のつるぎは、その兄弟に向けられます」。(エゼキエル、38:21、新口)この予言の中で、神は、他の自然の力をも自由自在に用いる、と警告しています。恐らく、反物質のものを降らすでしょう。それにぶつかる物質は完全に消滅してしまいます。。神は「異常なわざ」をする、と嘲笑者たち全部に警告しています。--イザヤ、28:21。

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24 これらの宇宙線の起源は、何ですか。  25 北の王や南の王に影響をおよぼすため、エホバ神はどのようにこれらの宇宙線を用いることができますか。エホバ神はご自分のわざをするために、他のどんな自然の力を用いることができますか。

[320]  26 月も科学的な興味をそそるものになりました。弾道弾専門家たちは、夜しずかに光を反映する月を、おそろしい可能性を持つものに変えようとしています。月の征服は、真剣な目標になりました。「殺菌された」ロケットを月に打ち上げたり、衛星を月のまわりにまわらせて、月の両側を調べるだけでなく、全地球を観察して支配するために月の上に人間の住む基地を設立しようとしています!月の上で水素爆弾を爆発させて、地球の海洋上に危険な潮流を起させる可能性を研究している仲間の科学者たちに一スウェーデン科学者は警告を発しました。そのような爆発は、月の上に放射線を出し、将来科学的な目的で行なわれる月探検はむずかしくなるでしょう。報道は根拠のないものでも正体の知れぬ「空飛ぶ円盤」も報道されています。西暦一九一四年以来地上の人々は、たしかに宇宙空間、太陽、月、そして星については恐怖を感じています。

 27 地上に来るこのすべてのことを見て、「自分の神を知る民」は諸国民のなやみ、人間の恐れにあずかるべきですか。そうではありません。彼らは、イエスが現在のこの世の状態を前もって告げ、次のように述べたことを知っています。「これらのことが起りはじめたら、身を起して頭をもたげなさい。あなた方も、これらのことがことが起るのを見たなら、神の国が近いのだとさとりなさい」。(ルカ、21:28,31、新口)今日、滅亡に定められているこの世界は恐怖に駆られています。しかし、イエスに従っている者たち、聖所級と「他の羊」の大いなる群集は確信を持って身を起こし、よろこんで頭をあげます。彼らは、いま起りつつあるこれらの事柄のすばらしい意味を理解します。彼等の大いなる君ミカエルが、いま設立されている神の御国の中に立たれている、と彼らは知っています。彼は彼らを救うためとエホバの宇宙主権を立証するために立たれました。

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26 人間にとって、月はどのように恐怖の対象になってきていますか。宇宙空間や目に見える天体について、人間はますます何を感じていますか。  27 イエスの弟子たちは、そのような事柄の起こるのを見て何をしますか。そして、なぜ?

……

第13章

聖所における現在の幸福 [321]

………

[325] ……

   預言的な「時」と「日」

[326] ……

 11 いま「一時と二時と半時」の計算を考えねばなりません。ここで「時」と訳されているヘブ

[327] ル語は、それより前のダニエル書八章十九節で「定められた時」と訳されており、時の期間を意味します。その期間は、どの位の長さですか。アメリカ訳は、そのヘブル語の言葉を「一年と二年と半年」と訳しています。…ジェームス・モハット訳は「三年半」と訳しています。……一九一四年の秋に「終わりの定められた時」が始まってから計算されます。[:個人注:現在の訂正は、1914年10月頃から、1916年6月20??日にラザフォード-協会役員が投獄されて刑を宣告された時、終わって居ると言う修正!!]

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11 ここで時のどんな計算が考慮されねばなりませんか。それは実際のものですか、または象徴的なものですか。それはいつの時以前には始まることができませんか。 12 この時の期間は、ダニエル書七章二十五節にあるどんな時の期間に相当しますか。その最高潮において制度的なわざは、以来二度と行なわれなかったような方法で、どのように妨害されましたか。

   千二百九十日

[330]  16 …「常供の燔祭が取りのぞかれ、荒らす憎むべきものが立てられる時から、千二百九十日が定められている」。--ダニエル、12:11、新口。

 17 …[三時半が]成就した一九一八年に起きたのです。*日々にささげる常供の犠牲が取り去られた状態は翌年の一九一九年三月二日まで続きました。そのとき、ものみの塔協会の会長、秘書会計士そして六人の仲間の囚人は、保釈金つきで釈放されました。それは「獣」の像なる憎むべき神の御国の代用物、すなわち国際連盟の崇拝が、キリスト教国の宗教諸制度によって設立された時です。アメリカのキリスト教会連邦会議の行いにより、これは一九一九年の一月下旬に起りました。**…ここに述べられた二つの事柄は生じていました。…この時から計算が始まります。

 18 千二百九十日の計算が始まって後、…ミカエルは、一九一九年の三月に彼の民を救いました。・・四月十三日の主の夕食には、全地で一七、九六一名以上が祝いました。¥

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* 第九章、202-206頁を見なさい。1933年から1945年までのナチの支配中、北の王は常供の燔祭を取りのぞこうとしました。しかし、1918年の時と同じ結果は得られませんでした。--ダニエル、11:31。

** 第九章206-210頁を見なさい。

¥ 一九一九年五月十五日号の「ものみの塔」(英文)一五一頁を見なさい。この数字は出席者が30人以下の群れを含んでいません。

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16 17 (イ)これはだれにとって「終わりの時」ですか。(ロ)いつから千二百九十日の計算が始まりますか。  18 千二百九十日に関連して、ミカエルはいつ彼の民を救いましたか。その千二百九十日は、太陽暦でどのくらいの期間に相当しますか。

[331] 千二百九十日の残りの日のうちに神の聖なる制度の業は再組織され、改善され、強められました、それは、この古い組織制度の上に全き終わりが来る以前に全地にわたる証言が与えられるためでした。時たつ中にどんなことが生じて、神の教えた日の終わったことをはっきり示しましたか。……神の預言は一ヶ月を平均30日の長さとしています。……黙示録十一章ニ、三節は、千二百六十日が四十二ヶ月に等しいと明白に示しています。四十二ヶ月は三年六ヶ月に相当します。…閏(うるう)年とか、ユダヤ人の13月年によって…ユダヤ人の暦につけ加えられます。…すると、千二百六十日は三年と七ヶ月に等しくなります。1919年の一月下旬から計算するとその三年七ヶ月はいつ終りますか。

 19 それは1922年の八月下旬と九月初旬になります。1922年の九月初旬に、次のような驚くべき言葉が鳴り渡りました。「主のために忠実で真の証者でありなさい。バビロンの形跡がことごとく荒廃するまで戦いを行ないつづけなさい。音信を遠く広く宣(の)べ伝えなさい。エホバが神であり、イエス・キリストが王の王であり、主の主であることを世界に知らせなければなりません。今こそ絶対緊急の時です。見よ、王は支配しています!……王とその御国を宣べ伝えよ、宣べ伝えよ、宣べ伝えよ」。これは、オハイオ州シダーポイント市で行なわれた九日間にわたるエホバの証者の国際大会の「重大な日」(九月八日)に

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19 その千二百九十日の終り頃、どんな驚くべき音信が伝えられましたか。そして、どんなさばきのわざに私たちの注意は喚起されましたか。

[332] 告げられたのです。ものみの協会の会長は、「御国」と題する講演の結論にその言葉を述べました。この講演の中でジェー・エフ・ルサフォードは、聖書と事実からエホバの「契約の使」が1918年の春に霊的な聖所である宮に来て、裁きのわざを始めた、と説明しました。「神の家から始まる」さばきは、行なわれていたのです!(ペテロ第一、4:7。マラキ、3:1-5)クリスチャンに対するこの裁きを表わし示すためひとつの決議が採決されました。

…………

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[333]     千三百三十五日

 21 そのシダーポイントの大会(1922年九月五日-十三日)は、聖所級にとって千二百九十日の最高潮をしるしづける印象深いものであったことは、疑問の余地がありません。それは大きな励ましを与えるものでしたが、しかしエホバ神はさらに将来のことを先見されました。……「待っていて千三百三十五日に至る者はさいわいです」。(ダニエル、12:12、新口)この期間は、千二百九十日につけ加えられるもので、…四十五日、つまり一ヵ月半だけ長いのです。それは三年八ヶ月十五日に等しい長さです。この期間は、1922年九月の第二番目のシダーポイント大会で最高潮に達した千二百九十日の終りから計算します。それで、後の千三百三十五日と言う期間は、1926年、五月に終ります。

 22 この期間中、エホバ神はご自分の民を援助して待たせ、忍耐させました。そして、大規模な御国の伝道をさせたのです。この結果さらに多くの人々は聖所にはいって、エホバによりきよめられ、残れるものの成員になりました。毎年一度祝う主の夕食式の出席者の数が増加していることからも、このことは明白に示されました。1922年には三万二千六百六十一名の出席者、1923年には四万二千名、1924年には六万五千百五名そして1925年には九万四百三十四名でした。*しかし、発表された時の終るまで「待た」なかった人々がいくらかいました。なぜなら、

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*全世界のこれらの出席者合計は、主の夕食を祝う人が20人以下と言う小さな群れの場合には、一部の外国の報告をのぞき、含まれていません。

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21 22 (イ)神は、ご自分のみ言葉の中でさらにどんな時の期間を述べましたか。 (ロ)いつこのときの期間は始まりましたか。この期間中、待っていた者たちには何が生じましたか。

[334] 1926年三月二十七日の主の夕食式に出席した人の数は八万九千二百七十八名に減少したからです。1925年は、多数のエホバの証者にとって特に大試練の年でした。ある者は待つのを止[:や] めて、この世と歩調をそろえました。

 23 1926年の五月が来ました。五月一~三日、スイスのバーゼルで大会が開かれました。……「人々への慰め」と題する公開講演をしました。しかし、その月を顕著にした大会の最高潮は、英国のロンドン市で開かれました。ロンドンは、歴史上の最大の帝国、すなわち大英帝国の首都です。それで、大会は国際連盟の主要な支持者の中心で開かれました。国際連盟は、神の真実の御国の代りにつくられた政治-宗教のごまかしもので、憎むべき「獣の像」です。五月二十五日から三十一日まで大会の出席者は喜びに満ちた集会を開き、神の民にかけられていたきゅうくつな、神妙ぶった伝統的、宗教的束縛はばくろされ、取りのぞかれて、神の民は大きなよろこびに包まれました。五月二十八日、ルサフォード会長は、年一回出されていた連続決議の第五番目の決議を大会出席者に提出して採決を求めました。その決議は、「世界支配者への証言」と題されていました。「[神の]救い(Deliverance)」と言う題の心おどらせる新しい本も、同じ日に発表されました。

 24 五月三十日の日曜日の夜、最高潮は当時のロンドン市中の最大の講堂、ローヤル・アルバート・ホールでした。その講堂は、実際には世界強国にあてて語られたものです。ルサフォード会長は、講堂いっぱいにつめかけた聴衆に「なぜ世界強国は動揺しているのか。その解決」と言う題の

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23 1926年の五月は、どのようにしるしづけられましたか。この月の最高潮が来たのはどこででしたか。

24 1926年、五月三十日の日曜日の夜、実際にはだれに向かって話をしかけられましたか。これらの者たちは、何をしましたか。それは、どんな時の期間の計算を始めましたか。

[335] 講演を行ない、提出されていた決議を支持しました。第七番目の世界強国は「あらすことをなす罪」*を犯したことになります。そして預言的な二千三百日の計算が始まります。それは、エホバの聖所がその正しい状態に回復する時を示すためです。--ダニエル、8:13,14。

 25 このロンドンの大会の時以来、幸福な期間が始まりました。それはまだ終ってはおらず、今後も決して終らないでしょう。千三百三十五日の終りまで待った聖所級の者たちは、なんと幸福であったのでしょう!彼らはエホバという御名を持つ最高の神の証者であるという特権を以前よりも深く認識したので、今までにない新しい幸福を得ました。その年の最初の号である、1926年一月一日号「ものみの塔」(英文)は、「だれがエホバをあがめるか」と題する中心記事を出しました。ロンドンでの奉仕の日(五月二十九日)に、大会出席者はエホバの証者として街頭に出かけ、人々の手中に十一万冊の新しい冊子「人々のための旗」(英文)を渡しました。「ものみの塔」の報告(1926年七月十五日号)は、この成功を収めた証言の努力について報告しており、次のような意味深い言葉でロンドン大会の報告をむすんでいました、「大会の奉仕の日のようなものは、いままではかってないことであった。友たちは熱意で溢れていた。彼らは『汝らは我が神なることの証者である』(イザヤ、43:12)というエホバの命令に従うため最善をつくしたと感じたのである」。聖所級は、1931年七月二十六日、オハイオ州コロンブ[:バ??]ス市における国際大会で「エホバの証者」と言う名前を取り、さらに大きなよろこびを持ちました。

 26 クリスチャン時代前の忠実なエホバの証者であった預言者ダニエルは、御使いが予(あらかじ)め告げた時の期間がどのように現代の二十世紀にいる聖所級に成就されたかをあまり遠くない将来のいつの

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* 第九章、210-219頁を見なさい。

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25 待っていた者たちは、そのロンドン大会と共にどんな期間が始まりましたか。特にどんな理由の故(ゆえ)に?

26 (イ)将来、ダニエルは御使いが預言した時の期間が成就したことを、どのように知ることができますか。 (ロ)どんな分を受けるためにダニエルは再び立ちますか。彼は何になりますか。

[336] 日か知るでしょう。エホバの御使いは、ダニエルがそのことを知り得ると示して、こう語りました「しかし、終りまであなたの道を行きなさい。あなたは休みに入り、定められた日の終わりに立って、あなたの分を受けるでしょう」。(ダニエル、12:13、新口)ダニエルがその生涯の終りに達して、死んだとき、彼は人類共通の墓ショオールで休み、死の眠りにつきました。彼は天に行きませんでした。天から下ってきたイエスは、そう語っています。(ヨハネ、3:13)「良い事を行なった」エホバの証者ダニエルは、イエスの次の言葉の成就を待っています、「記憶の墓にいる者が、みな彼の声を聴いて出てくる。善を行なった者は生命に復活し、悪を行なった者は裁きに復活するであろう」。(ヨハネ、5:28,29、新世)ハルマゲドンの後の神の新しい世において受けるダニエルの分は、地的なものです。彼は復活を受け、千年間のキリストの支配下で祝福をいただくために立ちます。彼は永遠の生命を将来にいただきます。王なる正しい羊飼いのあがないの犠牲を受けいれることにより、ダニエルは「永遠の父」の子になります。(イザヤ、9:6)ずっと昔、エホバの民を治めた地的な君であったダニエルは、忠実なることを示しました。それで、王なるキリストが「全地に君とする」者の中に彼のはいることは疑いありません。--詩編、45:16、新口。

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第15章

あなたはだれの意志を支持するか [353]

 1 実際的な心、正しい心を持つ人はだれでも勝利を必ず得る意志の側に立ちたいと思います。今日、政治支配者や政党は、自分たちの意志を地上で最高のものにするためにはげしく戦っています。どの意志あるいは目的が、ついには勝利を得ますか。人はどちらの意志を選ぶべきですか。選ぶという事柄においては、共産主義的な北と民主主義的な南から締めつけられている人間はや・っ・と・こ・の歯にはさまれているように見えます。両方の側とも自分の意志を行なわせようと戦っているため、事情に通じない人はどちらの側が勝つのだろうかと考えています。し

[354] かしエホバ神の預言に通じている聖書愛好者は、どちらの側も勝利を得ないと言う事を知っています。共産主義は民主主義を打ち負かしません。西の民主主義も、共産主義を根こそぎになくすことはできません。両方とも倒れます。それでは、なぜそれらのどちらかを支持するのですか。

 2 そのどちらかを支持することは彼らがその一部になって居るこの世の神、すなわち彼らの目に見えぬ支配者を支持することです。聖書は、この支配者について明白に述べています。聖書の言葉によると、サタン悪魔は「現在のこの組織制度の神」です。(コリント第二、4:4、新世)この世の組織制度、サタンの組織に従うすべての者の心には、サタンの意志が押しつけられています。東の群れでも、西の群れでも、あるいは中立の群れでも、万国民はサタンの悪鬼共によって「全能の神の大いなる日の戦争」に集められています。(啓示、16:14,16、新世)すべての者は、宇宙的な戦争のために、一方の側に集められています。「悪魔とか、サタンとか呼ばれ、全世界をまどわす年を経たへび」は矛盾反対しあうあらゆる政治的な思想を用いています。(啓示、12:9、新口)「全世界は悪しき者の配下にあること」は全く明白です。(ヨハネ第一、5:19、新口)これらのことを観察する際に神の御言葉を否定することはできません。

 3 私たちは事実から隠れることはできません。私たちは事実を避けることができません。すべての人間はエホバ神に反対する超人間の者の意志に従うゆえ、私たちのくださねばならぬ決定は、対立しあう人間の意志のどちらかにつくか、ということではありません。最終的で最も重要な決定は、サタン悪魔の意志を選ぶかエホバ神の意志を選ぶか、そのどちらかです。私たちは、サタン

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1 東と西が全人類に強制しようとしている意志をまえにして、なぜ見識の深い聖書愛好者はその二つのどちらを選ぶかということにふたしかではありませんか。  2 そのどちらかの意志を支持することは、だれを支持することを意味しますか。支持を受けるこの者は、どんな手段を用いて全地を惑わしていますか。  3 4 (イ)だれたちの意志のなかから選ぶことは、最終的で最重要な決定ですか。悪魔と共に働くことは、何を意味しますか。(ロ)この世に従うことは何を意味しますか。ロマ書十二章ニ節は、私たちが何を行うことを助言していますか。

[355] の意志か神の意志か、そのどちらかを支持しなければなりません。私たちは、この世の神であるサタン悪魔と共に働きたいだろうか、と自問すべきです。私たちは使徒パウロと同じく正義の新しい世のエホバ神と共に働くことができるのです。使徒パウロは次のように述べました、「私たちはまた、神と共に働く者として、あなた方にすすめる、神の恵みをいたずらに受けてはならない」。(コリント第二、6:1、新口)サタン悪魔と共に働くということは、エホバの御心が勝利を得るときに、サタンと共に滅ぼされるという意味です。

 4 サタンの世は、その「終わりの時」の終結に近づいています。それはなくなってしまいます。これは現在の絶対確かな証拠にもとずく真実のことです。なぜ愚かにもこの世やこの世の一部に従って、失望を感じ、それと共に永久になくなるのですか。勝ちを得られる神の御言葉の助言は、次のように述べています。「この世の組織制度に従うのをやめなさい。むしろ、神の善にして御旨に適う全き御心をわきまえ知るため、あなた方の思いを変えて変化しなさい」。--ローマ、12:2、新世。

 5 私たちは「天にいますわれらの父よ、御名があがめられますように。御国がきますように、みこころが天に行なわれる通り、地にも行われますように」という主の祈りを唱えていますか。もし私たちがこの祈りをくり返し唱えるなら、私たちは神の御国がこの世のすべての国と支配権を滅ぼす事を祈っているのです。この点において、神の御国が私たち自身の意志となっていますか。もしそうでないなら、私たちは主の祈りをささげることを中止するべきです。しかし、もしそうであるなら、私たちは正直にも神の御心を私たちの生活の意志にするべきです。私たちは彼の御心を行なうよう彼に全く献身して、彼の御心に一致して生活する事を自分の意志にし

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5 神の御国が来るようにという主の模範的な祈りを唱えるとき、私たちは何を祈っていることになりますか。もしこれが私たち自身の意志であるなら、私たちは神に対してどんな行いをするべきですか。

[356] なければなりません。主の祈りを教えた方を通してエホバに献身することが早すぎるということはありません。時はおそいのです。

 6 全地は、ノアの大洪水の時以来かってない程の混乱状態に陥っています。これには当然の理由があるのです。第七番目の世界強国の滅亡[:ハルマゲドンに於ける?!]は、間近かにせまっています。そのことを考えてごらんなさい!ダニエルがベルシャザル王の食堂の壁に表われた文字を解釈した晩と同じく、人類の歴史上で一番強力な世界強国はまさにくずれおちようとしているのです!この終りは、英国の上院が1931年にウェストミンスター律令を通過させて英連邦を設立したときほど容易でまた平和的なものでなく、平和なものではありません。ロンドンの「スペクテイター」誌は、次のように述べました、「古い大英帝国は、戦争と共に過ぎ去った。そして、その代わりに英連邦が立てられた」。(1931年十一月ニ十六日)これに加えて英米両国の後押しする第八番目の世界強国、すなわち国際連合の終りも近づいています。過去においてはエジプト、アッスリア、バビロン、メデヤ・ペルシャ、ギリシャ、ローマ、そして国際連盟のような世界強国の滅びには、大きな患難がともないました。いまでは、全歴史における最終的な世界強国が倒れようとしています。全く共産主義も倒れようとしているのです!歴史のひな形によると、患難は予期された通りに必ず生じます。その患難はすでに私たちにのぞんでいます。しかし、さらにはげしい患難はこれからのぞみます。なぜなら、その滅亡は自殺的な核戦争を行なう人間から来るのでなく、全能の神から、キリストが力をとっておられる神の御国から来るからです。全世界は終ります!

 7 偽善の気持ちなしに主の祈りをくり返し唱えたいなら、私たちは天の御父に真心から献身する

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6 どんな世界強国が崩壊しようとしていますか。歴史のひな形によると、なぜ患難は予期された通りに起りますか。滅びはだれによって来ますか。

[357] ことが必要です。私たちは天の御父の御心が行われるように祈ります。口先きだけで彼に近づきながら、心は彼と彼の御心から遠く離れている、というようなことがあってはなりません。天の御父に献身することは、私たちの生活内に、霊感された目的を持つことです。その生活は、神と祝福された新しい世の天的な御国のための生活です。それは永遠にわたる目的となります!

 8 このことは、キリスト教国あるいはユダヤ教の教会とか宗派的な宗教制度にはいることを意味していません。それは、エホバの正しい羊飼い、イエス・キリスト自身に従うことを意味します。彼はかって人間でした。そして、人間であったイエスは、人がならうべき完全な模範を残されました。ちょうど今日エホバの証者があらゆる場所で宣べつたえているのと同じように洗礼者ヨハネが神の御国を宣べ伝えたとき、イエスはその御国についてのエホバの御心を行なうために献身しました。彼は預言的な次の聖句に従っておこなったのです、「その時、わたしは言った、『神よわたしにつき、巻物(まきもの)の書物に書いてあるとおり、見よ、御旨を行うためにまいりました』」(ヘブル、10:5-7、新口。詩編、40:78)それから、イエスは神への献身を公に象徴するしるしとして、神と聖なる御使いたちの前で洗礼をうけられました。彼はその献身を忠実に果たしたため、その天的な御国でいま支配しておられるエホバの王になられたのです。神の御心を行うために、彼が献身したことは、「御国がきますように、みこころが……行われますように」祈れと教えた彼の祈りと全く一致していました。それで、私たちも生活を祈りと調和させるように正直につとめましょう。神の御国は支配しています!

 9 私たちに対する神の御心は、聖書の中に書かれています。そのほかに、神の御心を実際に行

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7 偽善の気持ちなしに主の祈りを繰り返し祈りたいなら、私たちが何をすることは必要ですか。これをすることは、私たちの生活内に何を持つことを意味しますか。  8 それで献身は、誰に従うことを意味しますか。神の御国が支配していて、あらゆる場所で伝道されているいま、彼は私たちが見ならうべきどんな模範を残しましたか。

[358] なうことをイエスは例証されました。神の御心が何であるかを知るためには、神のみ言葉そのものの研究を避けることはできません。書かれている神の御言葉から私たちを遠ざける宗教的な本は、神の御心についての真理を私たちに伝えません。私たちはマケドニヤのベレヤ市に居た信者がしたとおりのことをしなければなりません。使徒パウロは聖書を拒絶したテサロニケから追い出されて、彼らのところに来て話をしました。「ここにいるユダヤ人はテサロニケの人よりも素直であって、心から教えを受けいれ、果たしてそのとおりかどうかを知ろうとして、日々聖書を調べていた。そういうわけで、彼らのうちの多くのものが信者になった」。(使行、17:11,12、新口)神の御心を行なうために神の御心を知りたいと思う人は、できるなら各人が聖書一冊を持つべきです。神の書かれた御言葉を信ずると主張する者に向かってイエスは次のように言われました、「あなた方は、聖書の中に永遠の命があると思って調べているが、この聖書は、私についてあかしをするものである」。それで、エホバはその書かれた聖書によって私たちを教え、そして私たちを指導者なる御子イエス・キリストにひかれます。(ヨハネ、5:39,6:45、新口)それで、私たちはイエスにより信仰を持ち、エホバ神に献身します。私たちはイエスの弟子になります。

 10 神の御言葉を通して、神の御心を見分けるために、私たちは何か援助を必要としています。私たちは、祈りのほかに神の聖霊を必要とします。私たちはまた神に献身している制度の民を必要としています。聖書を読んでいたエチオピア人は、その事実を認めました。福音伝道者のフィリポが、「あなたは、読んでいることが、おわかりですか」とたずねたとき、彼は「だれかが、手びきしてくれなければ、どうしてわかりましょう」と答えました。彼は勉強を手びきしていただ

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9 神の御心が何であるかを知るために、私たちは何の研究を避けることができませんか。このことにより、私たちはだれにひかれて献身しますか。  10 神の御言葉を理解するために、私たちはどんな援助を必要としますか。この「終りの定められた時」において、神はだれによってこの必要な援助を備えておられますか。

[359] きたいとフィリポに願いました。援助をうけたそのエチオピア人は、神の御心を認め、即座に献身し、フィリポはキリストを通してその献身の象徴として水の洗礼を施しました。(使行、8:28-39、新口)使徒パウロは、ベレヤ人の聖書研究を援助したので、多くの人々が信者に成りました。さて、1914年以来のこの「終わりの定められた時」にエホバは「その神を知る民」すなわち神の聖所級を出現させました。多数の「他の羊」が、この聖所級と交わって、彼らの知る神エホバに献身しました。これらの者たちをもエホバの証者になりました。民のうちの「賢い」人々は、ダニエル書十一章三十二、三十三節および十二章三節の預言を成就して、「多くの人を悟りに至らせます」。本当に、彼らは「大空の輝きのように輝き」、「多くの人を義に導」きます。これらのエホバの証者は、援助を望み、よろこんでうけいれるこの本の読者を助けるように、エホバから命ぜられています。

 11 イエス・キリストは、彼らに次のように命じました、「それゆえに、あなた方は行って、すべての国民を弟子として、父と子と聖霊との名によって、彼らにバプテスマを施し、あなた方に命じておいたいっさいのことを守るように教えよ。見よ、わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいるのである」。--私たちは今世の終りにいるのです。(マタイ、28:19,20、新口)イエスの行なったごとく、エホバ神に献身してイエスの弟子になる人は、みな水の洗礼を受けよという命令に従わねばなりません。彼らはまた地上の目に見える制度を通して神の与えられる教えをも受け入れなければなりません。

 12 人は、献身した後でも聖書を研究しつづけ、神の御心をさらに知りきわめねばなりません。それはさらにほかの人を教えて産出を多くするためです。パウロはクリスチャンの聖なる者たち、

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11 献身することによってイエスの弟子になるすべての人は、マタイ伝二十八章十九、ニ十節に一致するどんないましめに従わねばなりませんか。  12 人は献身して後も、なぜ聖書を研究しつづけねばなりませんか。また、人は何に出席せよと命ぜられていますか。

[360] 聖徒たちのために祈りました。なぜ?「あなた方が知恵においても、霊的な分別においても、神の御心の正確な知識にみちることである。それはエホバにふさわしく歩み、そしてあらゆる良きわざを行って実を結び、神の正確な知識を増して、エホバを全く喜ばせるためである」。(コロサイ、1:9,10、新世)この目的を持つ献身したクリスチャンは、エホバの献身した民との交わりを求め、できるならそのすべての集会に出席して、次のいましめに従わねばなりません、「約束して下さったのは、忠実な方であるから、私たちの告白する望みを、動くことなくしっかりと持ちつづけ、愛と善行とを励むように互いにつとめ、ある人たちがいつもしているように集会をやめることはしないで互いに励まし、その日が近づいているのを見て、ますます、そうしようではないか」。(ヘブル、10:23-25、新口)このような安全な仕方のうちに、人はエホバの聖所でエホバ神を崇拝することができます。--詩編150:1。

 13 私たちは、「不法を働く者」になって、救いを拒絶されたいとは思いません。救われるために、私たちが行なわねばならないもの、それは神の御心です。イエスは次のように言われました、「私にむかって『主よ、主よ』と言う者が、みな天国にはいるのではなく、ただ、天にいますわが父のみ旨を行うものだけがはいるのである」。--マタイ、7:21-23、新口。

 14 この「終わりの時」の私たちに対するエホバの御心は、主として何ですか。イエスは次のような言葉でこう預言しました、「この御国の福音は、すべての民に対してあかしをするために、全世界に宣(の)べ伝えられるであろう。そしてそれから最後が来るのである」。(マタイ、24:14、新口)私たちはこの最終的な証言をなさねばなりません。私たちは、この良いたよりを伝道することにより、最後までエホバの証者でなければなりません。

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13 拒絶されるのを避けて、救われるためには、私たちは何をしなければなりませんか。  14 いまの私たちに対するエホバの御心は、主として何ですか。

[361]  15 いま地上でエホバの神の御心を行なうことに対して、永遠のむくいが与えられます。それはエホバの恵みのうちに永遠に生きることを意味します。「世と世の欲とは過ぎ去る。しかし、神の御旨を行うものは、永遠にながらえる」。(ヨハネ第一、2:17、新口)天におられる私たちの御父を愛して、御父に忠節に従いつづける私たちが、次の祈りにふさわしい生活を絶えずすることができますように、「みこころが天に行われるとおり、地にも」--永久にわたって--「行われますように」!

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15 いま地上でエホバの御心を行なうことには、どのような報いがもたらされますか。そして、従順な私たちは、どんな祈りにふさわしい生活をすることができますか。


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