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「ものみの塔」の目的編集

 聖書時代の塔は、見張りが出来事を観察し、危険を警告し、良いたよりを知らせるために、高くそびえたつ有利なところにありました。この雑誌は、最高の知恵である神のみ言葉にもとづいているため象徴的に言ってそのような有利なところに立っています。高いところに立つこの雑誌には政治、国家および人種的な偏見とか宣伝がなく、利己的な偏見もありません。これは昔から伝えられてきた信条にしばりつけられず、むしろ神の目的とわざについての光が増し加わるにつれて、その音信も進歩します。--ハバクク、2:1-3。

 この雑誌は物事を聖書的に見ます。この時代の人々は、貪欲、犯罪、偽善、無神論、戦争、ききん、疫病、混乱、そして恐れになやみ、また人気のない少数者は迫害をうけています。この雑誌は、そのような状態を観察するとき、歴史はくり返す、という昔からの言葉を口まねせず、かえって聖書の預言を理解することにより、これらの事がらの中に世の終りの時のしるしがあらわれていると見ます。しかし、この雑誌はこの災のかなたに新しい世の門口が開かれているという明るい希望を投げかけています。

 前述のことから分かるとおり、「ものみの塔」は塔の頂上に立つ見張りのように、出来ごとを油断なく観察し、危険のしるしに目ざとく注意し、逃げ道を忠実に指し示します。この雑誌は天におけるキリストの即位とともに設立されたエホバの御国を告げ知らせ、霊的な食物で御国の共働相続者を養い、楽園の地における永遠の生命という輝かしい見込みで善意者を勇気づけ、死人に対する復活の約束で私たちを慰めます。

 この雑誌は独りよがりの意見を述べません。しかし、神の御言葉にもとづいているため、その口調は確信にみちています。この雑誌は、自分勝手に預言を解釈せず、むしろ実際の事実に人々の注意をひき、事実と預言をひきくらべます。すると、その両方がぴったり適合していること、およびエホバが御自分の預言を極めて正確に解釈していることを、あなたご自身で知ることができます。この雑誌は私たちの救いをはかるために、聖書の真理に正しく焦点を合わせつづけ、宗教的な消息を広く一般に観察します。

 『この危険な時に目をさましているように』と神はさとしています。それで、「ものみの塔」を定期的に読んで常に目ざめていて下さい。


「彼らはすべてエホバから教えられるであろう」----ヨハネ、6:45;イザヤ、54:13編集

「ものみの塔」内の聖書の翻訳は旧新約聖書です。他の翻訳が使用される時は次の略語が記されます。

新世ーー新世訳聖書(英文)。    新口ーー1955年改訳聖書。   ア標ーーアメリカ標準訳(英文)

ものみの塔    エホバの御国を知らせる編集

通巻LXXXII 1961年1月1日ーー復刊 第11巻 第1号編集

あなたは他の頬も向けますか?編集

 右のほほを打たれるなら、左のほほも向けますか。イエスは、山上の垂訓の中で、これがクリスチャンの従う行動の規則であると言われました。あなたはそれを行ないますか。悪事をされると、「私にしたとおりのことを、あの人にしてやろう」とあなたは言いますか。他人につけこまれないようにするため、害には害、悪には悪を返すことが必要である、と多くの人は感じています。あなたは、そのように感じますか。イエスの言葉は、聞くには快いがそれに従うことは実際的でないとあなたは考えますか。--箴言、ニ四ノ二九。

 今日、自称クリスチャンたちはイエスの教えを最高のものとしてほめそやします。しかし、現在の悪い世界で、イエスの教えは実際的なものでないと感じます。オリバー・ウェンデルホームズは、適確にもこう述べていました、「大部分の人は、山上の垂訓を旗のように見なして、その下で航行することを喜ぶ。しかし、それをじかにして繰る人はほとんどない」。キリスト教国の人々は、パリサイ人のように、しばしば「言うだけで、実行しない」。--マタイ、ニ三ノ三、新口。

 「一九一四年以来、世界は新しい性格を帯びるようになった………一般平和の長い時代が終わって、暴力の新しい時代は始まった」。とオックスフォード大学の学長、エッチ・アール・トレボーロウパーは語りました。暴力の時代と共に、

[第二段目]

「他人にかたられる前に他人をかたれ」「入手できるものを手に入れて、入手したものを保存しなさい」「毒には毒をもって制せよ」といったような、新しい行動の標準が立てられました。人々は、これらの標準に従うようになりました。それらの標準は、きわめて実際的なものであると見なされています。ニキタ・フルシチョフは、最近キリストの教えについて、特に別のほほを向けるということについての彼の見解を述べました。「私は別のほほを向けるということに同意しない。もし私の左のほほが打たれるなら、私は相手の右のほほを強く打ち返すだろう。それどころか、相手の頭もなぐり倒してしまう」。

 この『強硬な』政策、『されたとおりのことをしかえす』という仕方は、平和の実を刈り取りましたか。それはまったく実際的なものですか。その結果は「暴力の時代」をもたらしたと証拠は示しています。恐れ、不信、憎しみは、いまだかつてないほどに広まっています。悪には悪を、ほほ打ちにはほほ打ちを、害には害をという循環は、ひとたび始まると、ころがりつづけてだんだんはずみがつき、猛烈な勢いで落ちる雪崩(なだれ)のように、その道にあるあらゆるものを破滅におとし入れてしまいます。ひとたび始まると、それを止めることは容易ではありません。しかし、それを止めることができます。キリストの教えを思いめぐらし、その価値を考え、そして実際に行ないなさい。

[4]  イエスは次のように言われました。「悪人に手向かうな。もし、だれかがあなたの右の頬を打つなら、ほかの頬をも向けてやりなさい。」(マタイ、五ノ三九、新口)イエスは次のように言っているのではありません。すなわちもし誰かがあなたのあごを打つなら、床の上から飛び上がり顔の別の側を向けて打たれるようにしなさい、とは言っていません。それはなんと愚かなことであり、ばかげたことでしょう!打つということは、身体的な害を目論(もくろ)むのではなく、嘲笑すること、戦いを始めさせることを目論んでなされているのです。イエスの言っていることはこういう意味です。すなわち、仮にだれかが平手で実際にほほを打つか、または嘲笑するか、あなたに戦いを仕掛けるか、議論を吹っかけるときあなたがそれに報復することは悪いということです。「だれに対しても悪をもって悪に報いず………悪に負けてはいけない。かえって、善をもって悪に勝ちなさい」。ペテロの言葉によると、クリスチャンは「悪をもって悪に報いず、悪口をもって悪口に報いず、かえって祝福をもって報いなさい。あなたがたが召されたのは、祝福を受け継ぐためなのである」。--ロマ、一二ノ一七、二一。ペテロ前、三ノ九、新口。

 かつては、手袋で相手の顔を叩くことによって決闘を挑んだり起こらせることがしきたりでした。誇りの気持ちのため、また一般の人々の意見を恐れたために、別のほほを向けることのでき

た人はほとんどいませんでした。ヘンリー四世の支配していたフランスでは、わずか一年間の決闘で生命を失った男子の数は四千をくだらない、と言われています。実際のところ、今日でも同じことがなされているのです。人々や諸国家は、すぐに腹を立ててけんかや戦争を始めてしまいます!別のほほを向けることは弱いと考えられています。人々は嘲笑を受けると、嘲笑をにすぐ仕返しをします!人は、自分についてうわさ話をされると、すぐに毒にみちた言葉を出します。それは名声と友情を傷つけて殺してしまうでしょう。どうすればこの悪循環を、止めることができますか。別のほほを向けなさいと言うイエスの教えに注意を払いなさい!そうです、次の賢明な箴言に注意を払いなさい、「『彼がわたしにしたように、わたしも彼にしよう、わたしは人がしたところにしたがって、その人に報いよう』と言ってはならない」。--箴言、ニ四ノ二九、新口。

 今日、この道に従うことは実際的ですか。人々は、あなたにつけこまないでしょうか。あなたが別のほほを向けるなら、人々はあなたを弱いと考えないでしょうか。一般にはそう考えられて居ます。しかし実際にはそれと反対なのです。たいていの場合、他の人々はあなたの行ないに応じます。あなたが冷ややかで不快な者であるなら、おそらくあなたは冷ややかで不快な応答を受けるでしょう。あなた方の人々に暖かくて快い行いをするなら、それらの人々もあなたに対し

てそのような行いをしませんか。他の人があなたのほほを打つという悪循環を始めるなら、なぜそれを一つの循環にさせてしまうのですか。「あなたがたを迫害する者を祝福し」てはどうですか。愛の心を持つ人、そして親切な人に対して敵意を持ちつづけることは、たいへんむずかしいものです。「もしあなたのあだ(多分、彼はあなたのほほを打ったかもしれません)が飢えているならば、パンを与えて食べさせ、もしかわいているならば水を与えて飲ませよ」。このことを試してごらんなさい。それは悪魔的な悪循環を阻止し、キリストが行なったように祝福を与えるでしょう。あきらめてはなりません。行ないつづけなさい。「善をもって悪に勝ちなさい」。--ロマ、二ノ一四。箴言、二五ノ二一、新口。

 フルシチョフや彼のような世界の指導者が「相手が何かを始めるなら、頭をたたきのめしてやる」という規則に従って生活しつづけるなら、そのとおりにさせなさい。彼らの道からは、悪循環や憎しみにみちた言葉だけが出て、諸国家間のいっそうの争いにみちびくでしょう。クリスチャンである私たちがイエスの教えに従うことは、はるかに良いでしょう。イエスの教えを単に標準とするだけでなく、実際に私たちの道を操(あやつ)るための舵にしなければなりません。かくして、私たちは仲間の人間との平和と一致にはいり、ついには平和と正義の神の新しい世に入ることができます。

[5]     

神のみ名を忘れず  יהוה    神のみ名は何ですか。いま神のみ名を崇めることは、なぜ肝要ですか。編集

 神が御名を持っておられることは、疑いのない事実です。彼は名前のない神ではありません。彼の御名は、ヘブル語聖書中に六、八〇〇回以上述べられていますが、その御名を知っている人の数が少ないのには驚かされます。人類の大多数の人々は、創造者を神と呼び、それこそ彼の御名であると信じています。…………

 別の驚くべき事実は、現

存しているクリスチャン・ギリシャ語聖書のギリシャ語写本の中だけでなく、昔の聖書の翻訳や現代の翻訳の中に神の御名が示されていない、ということです。同時に、聖書を読むとき神は御名を持っておられるということを認めざるを得ません。その御名を「あがめ」、「たたえ」、「たかめ」、それに「栄を与え」ねばなりません。また神の御名を空しく取ってはなりません。それでは、なぜ神の御名については、これほどまでに多くの誤解があるのですか。

 神ご自身が預言者モーセにその御名を知らせ、またみ名の正確な発音を教えました。イスラエルの人々をエジプトの束縛から救い出すために、モーセが神から遣わされたとき、モーセは神にこう述べました、「我イスラエルの子孫の所に行きて汝らの先祖たちの神我をなんぢらにつかわしたまふと言はんに彼らもしその名は何と我に言ば何と彼らに言うべきや」。神はモーセにこう告げました。「汝かくイスラエルの子孫にいふべしなんぢらの先祖たちの神アブラハムの神イサクの神ヤコブの神ヱホバがわれを汝らにつかわしたまふと是は永遠にわが名となり世々にわが誌(しるし)となるべし」。(出エジプト三ノ一三ー一五)それで、その御名はエホバである、と創造者御自身が述べられています。

 神の預言者たちは、エホバという御名を良く知っていて、その御名によって伝道したことも明白です。彼らは、イザヤ書四三章一〇ー一二節の述べるごとくエホバの証者でした。イザヤ書四二章八節では、創造者は「われはヱホバなり是わが名なり」と言われています。それは、まったく明白なことではありませんか。それでは、なぜエホバという御名について、こんなにも多くの人は無知なのですか。

 ニューヨーク、アルバーニーの「サンデイ・タイムスーユニオン」(英文)の中で、カーライル・アダムス博士は次のように述べています。「ヘブル人も他の人々も、昔の人々は、名前に対して大きな意味をつけていた。特定の人は、多くの場合に『第一の』名前と『第二の』名前を持っていた。第一の名前は、しばしば秘密にされていた。その名前を表わすことは、自分の身もと、あるいは自分の個人的な力のいくらかを与えることだ。部族の長の名前は、部族の会員によって秘密に保たれていた。敵に対してある魔力を働かせるときだけ用いられたのである。異邦人も、自分たちの部族の神々の秘密な名前については同じことをした。それで、ローマ帝国の支配下にいて迫害を受けたユダヤ人たちは、聖なる御名を守ったのである。

 ヘブル語聖書が書かれた後、迷信深いユダヤ人たちはエホバという御名は神聖なものであって、口に出して言うべきではないと考えるようになりました。彼らは、十戒の第三番目のいましめ………

[6] ……

     イエスは御名を用いられた

 イエスとイエスの弟子たちが、宣教中に神の御名を用いたと信ずるだけの十分の理由があります。イエスが御名を熟知しておられ、使用されたヘブル語聖書の中では、神の御名はיהוה(JHVH)の四つの子音文字(テトラグラマトン)で表われていました。申命記の後半が記されているギリシャ語七十人訳巻本が最近発見されましたが、その四つの子音文字(テトラグラマトン)はアラミヤ語の字で示されています。この発見から証明されることは、イエスの時代の七十人訳の巻本には、ヘブル語の原文に神のみ名が示されていたところは、その通り神のみ名が示されたということです。それで、ルカの記録によると、イエスは預言者イザヤの巻本を読みました。その時、彼は御名を汚すのではないかと恐れたり、あるいは御名についての迷信や言い伝えのために、神の御名を口に出して言おうとするのを止めたでしょうか。そのようなことはとうてい考えられません。マタイは次のように述べています、「[イエスは]律法学者たちのようにではなく、権威ある者のよ 

うに、教えられた」-マタイ、七ノ二九。

 イエスは恐れの気持ちをいだかず、また迷信に左右されることもありませんでした。そして、彼は人間の言伝えを重んじませんでした。すると、イエスは人に聞こえるように神のみ名を口に出して語られたにちがいありません。イエスは、御父エホバに捧げた祈りの中で、次のように言われています。「わたしは、あなたが世から選んでわたしに賜わった人々に御名をあらわにしました。………わたしは彼らに御名を知らせました」。ユダヤ教のタルムドは、イエスが御名を用いたということを間接的に認めています。タルムドの言葉によると、イエスは神の御名を口に出して述べることにより、奇跡をおこなったということです。--ヨハネ一七ノ六、二六、新口。マタイ、五ノ一ー九。

 イエスの弟子たちは、その教えるわざと伝道のわざを行なったとき、イエスの模範にしっかり従ったにちがいありません。それを疑う根拠はありません。すると、彼らが神の御名を使用

したことになります。彼らがクリスチャン・ギリシャ語聖書の本を書いた時、霊感をうけたヘブル語聖書から幾百という引用をしました。それらの引用の中には、神のみ名がたくさん入っていました。忠実な筆記者であった彼らは、ヘブル語聖書の四子音文字を書き入れたにちがいありません。これらの手紙がクリスチャン会衆で読まれた時、読み手は、おそらく神のみ名を口に出して読んだことでしょう。

     正確な発音は分からない

 使徒たちが死んだ後、自称クリスチャンたちは御名を口に出して言うことを止[:や]めました。写本家たちは、ヘブル語の四子音文字(テトラグラマトン)であらわされている神の御名を、写本から取りのぞくことすらしました。彼らは、神のみ名を理解しなかったか、または認識しなかったのです。そして、神のみ名を嫌悪するようになりました。歴史家ヨセハスの言葉によると、彼が御名の発音を知らせることは宗教によって禁ぜられた、ということです。迷信深い人々は、神のみ名を声に出して言う者は、来たるべき世にはいれないと信じました。ヒロ[:?!]は、御名を「口に出してはいけない」ものと言っています。ただ、その耳と舌が知恵によって清められ、聖なる場所で聞いたり、言ったりすることのできる人々だけが語るべきである

[7] と述べています。不適当な時に美名を用いた者は死刑を宣告された、と彼は言っています。それで、聖書の朗読を割り当てられた人は、神の御名を口に出して読まないように注意を払いました、ヘブル語の四子音文字(テトラグラマトン)JHVHのところに来るたびごとに、彼らは[:ヘブライ語:「我・が・主」、ギリシャ語では、~~キュリオス:~~]主という意味のヘブル語の言葉ア・ド・ナ・イ・、あるいは神という意味のエ・ロ・ヒ・ム・で代用させようと故意につとめました。この代用のことを彼らに思い起こさせるために、ア・ド・ナ・イ・の母音点は、四子音文字(テトラグラマトン)の子音の下につけられました。

 他のセム系の言葉と同じく、ヘブル語には母音の文字がありません。しかし、初期の時代[:マソレート学者(マソラ本文)の時代]には母音の記号が使用されていました。アダムスによると、これらの母音は「『点』あるいは小さな記号ーーたいていは小さな終止符に似ている点で示される。それで、現代初期の学者たちが聖書を英語に翻訳し始めたとき、彼らは時折り母音の間ちがった解釈なるものを考案した」。Jehovahエホバと言う名前の形式は、初期の翻訳者たちがアドナイの母音を取って、JHVHの子音のあいだにはさみ、その名前の発音を助けるために最初の「a」を「e」に変えたときにできあがったものです。最近の発見によると、この形式の名前は西暦一二七〇年と言う昔にレイモンド・マーチニー[:最近の現行訳:ライムンダス・マルティーニ]の「プギオ・フィディ」に表われています。それで、エホバという名前は、古くから使われてきたのです。

 しかし、神のみ名が「ヤウエ」と発音さ

れていたことはほぼ確実なようです。(「エホバ=Jehovah」では、「ヤ=Y」の音は「エ=J」で表わされ、「W」の音はラテン語の場合のように「V」で表わされています)「ブリタニカ百科事典」は次のように述べています、「ジャウエ(ヤウエ)が真実の発音であると一般に認められている」。「ユニバーサル・ユダヤ教百科事典」はヤーヴェは、神に対する古代ヘブル語のおそらく一番正しい音訳であろう」と記しています。聖書翻訳家のジェー・ビー・ロザハムは、「真実の発音はヤウエのようであった」と述べました。………新世界訳委員は、こう述べていました、「われわれは『ヤウエ』という発音の方が正しいと考えるがしかし、我々は『エホバ』という名前を保持した。一四世紀以来、人々はその名前に親しんでいるからだ。さらに、エホバという言葉には、他の形と同じく、JHVHのヘブル語四子音文字を含んでいる」。

      御名を忘れる

'​ ヘブル語写本から直接翻訳されたヘブル語聖書全部の最初の英語訳は、一六一一年に出版された有名な「欽定訳」のようです。エホバという名前は、その中で[:本文に単独で、]四回[:コンチニューで、3回ーirue,ーnisi,ーshalom、その他はヨナ書などの欄外で!!~~実はわたしはLORD(Jehovah)の預言者で…御顔を避けて…タルシュシュへ…~~自分がみんなの犠牲になり海の中へ投げ込んで…~~ヱホバは胸に熱いものを感じられたと~~<その信仰に倣う>で!……船乗りはLORD=Jehovahを大いに怖れて捧げ物でヱルサレムの神殿へ!ヨナは後日話しで聞いた?!善かったと!!]しか出ていません。こ

の理由の故にエホバという名前は幾世紀ものあいだかくされてきました。最近、「改訂標準訳」の翻訳者たちは、エホバという御名を聖書からすっかり取りのぞいてしまいました。

 第四世紀から三位一体という考えが流行するようになりました[:洗礼(ヱホヴァのバプティスマ:ヱホヴァに対して善い正しい良心を願い求め……ず、神に対抗するモノを行なって仕舞い得ることとか?!何の躊躇(ためら)いも無くとか?!:カトリック幼児洗礼バプテスマはも、可能性、神に仕える準備、異教徒から看てもは有利な立場、予定…説?!反逆は神に対する聖霊冒…瀆?!に成って仕舞うとか?!を受けていないと?!ひとつの出生時バプテスマで有効な所があるとか?!!アメリカ改革派長老派も?!新教徒(プロテ……ツヴィングリは古神学の聖書的なカトリシズム~~ルターからが聖書的な中世的(ウルガータ?!)カトリック的反応??!~~)の考えすらも対抗で、罪な、悪い事の結果は死で:成功しないとか??!悪意の人とか?!地獄はウソ偽りだけれど、不死の魂は杖者派論で、悔い改める可能性を残してくれていると??!杖で、破門放逐のみで、外界ではみじめでも生きていたから~~外体は剣だが内的魂は復活後(千年期??!)は現世ではなく、剣で殺すことができない~~?!全くはクビになっていない?!エンド・オブ・ザ・ワールド[:この世の果てまで?!] でも?!神のもの(魂?!~)は神に帰する?!死者は過去の罪から放免されている?!災いの(放逐も?!)小学校でも苦しむことが償いの免償何年になっているとか?!:仲間外れで気にしないことは絶対無いだろ??~!カトリックの「メリット」の神学なのか??!)を受けていない俗権の皇帝コンスタンチヌスによって三位一体は提出されたと!!]。キリスト教国の牧師が「神」または「主」と呼んでいるのは、この神秘的な神、架空の神です。エホバはユダヤ人部族の神として見下げられており、エホバの御名は、非難とののしりを受けています。人々は、できるだけのことをしてその御名を忘れようとしています。しかし、使徒行伝一五章一四節にある御約束どおり、エホバは今日の地上に御名を負う民を持っておられます。彼らはすなわちエホバの証者で、エホバの御名と目的を全地に知らせることに献身しています。………「それは水の海をおほへるごとくヱホバを知るの知識地にみつべければなり」その時、「ヱホバを識(しれ)」という人は一人もいないでしょう。なぜなら、「少より大にいたるまで悉﹀(こと ”﹀[ごと])く我をしるべければなり」とエホバは約束されているからです。ーイザヤ、一一ノ九。エレミヤ、三一ノ三四。出エジプト、九ノ一六。

[26]

神の目的とエホバの証者編集

       その9

「『あなた方は私の証者です』とエホバは言われる」--イザヤ43:10。新世訳

    「麦をふるいに

        かける」試験

ジョン:パストー・ラッセルをよく知っており、彼と個人的に交わっていた人のうち、いまでもある人々は生存しています。その人々の話によると、ラッセルは原則を決して妥協させない強い人のひとりだったということです。彼の記録は、そのことを証明します。彼はエホバ神を信じていました。そして、彼は最初からその立場を保ちつづけたため、彼の立場は証明されました。

 時おり、他の者たちはパストー・ラッセルの地位を横奪しようと努力しました。しかし、そのような努力はことごとく失敗したのです。このような試練について、ラッセルは後になって次のように述べました。

 幾年ものあいだ、夜も昼も我々は愛する兄弟たちに次のことを警告して来た、すなわち収穫の試験はこのような線に沿って必ず来るものであり、神とその御言葉および教会についての神の摂理に対する最高の忠節は、兄弟たちに対する我々の霊を試すものである。たしかに、我々はながいあいだ愛する兄弟たちに次のことを警告してきた、すなわち我々が前の真理を彼らに指摘するとき、彼らは武具と

してそれらの真理を自分の身につけねばならぬ。さもなければ敵の攻撃をうけるとき準備のない状態であろう。

 我々が期待した通りのことが生じた、すなわち、我々の悪がしこい敵は主の民が神の武具をしっかり身につけることを妨げようとつとめた。それだけにとどまらず、この悪い日にキリストの「足」を保つために神が備え給うた機関に対して彼・は・偏見を持たせようと試みている。--詩、九一ノ一一、一二。

 いろいろなところから、級[:クラス:つまり聖書研究クラス、エクレシア]の指導者たちがものみの塔の出版物を集会に用いてはならず、ただ聖書だけを用いよと抗議している、と伝えられてきた。これは神のみ言葉に対する忠節を保っているように聞こえた。しかし、実際にはそうではない。むしろ、それらの教師たちが、神の民と、神・の・御・言・葉・の・上・に・神・が・備・え・給・う・た・光・のあいだに入ろうとした努力に過ぎない。[:例えばカトリックの僧職者階級みたいに??!一つの階級(クラーヂー階級:ラテン語、クレルス階級)としてキリスト教世界教会内で神と信徒の間に(:妨害、聖書の曲解のため、背教者の支配??!……)存在していると?!!いつもの教会がいっつも背教しているように??!………「ものみの塔」の注解押し付け(=クラーヂー??!の理解??!)が、苦しみの激痛の始まり??!1914年以来、終わりの日の期間が始まって??!……下の分裂、分派心、教派教会主義などで??!]

 サタンがそのような動きの背後にいることを忘れてはならないーーサタンは光の天使、聖書の擁護者のような振りをして、手に聖書を持ち、聖書研究の級に定期的に出席していた幾百万という人々を盲目にすることに成功した!聖句の意味を知るためにものみの塔協会の出版物を参照することは、級の指導者か級の成員に相談するよりも、聖書に対していっそう不忠実である理由があるだろうか…………

 一方、我々は全部の者に次のことを警告する、すなわちサタンは彼らを反対の道に導こうと努力するであろう、ということだーー意味を理解せずに、印刷した頁から学び、ベレア人的な質問に対しおうむのように答える。質問は、最初全部の人によって自由に論ぜられるべきである。しかし、次の質問を研究する前に「黎明」出版物の答えは考慮され、論ぜられ、そして理解されねばならぬ、聖書は我々の標準であることを決して忘れてはならない。我々の手引きは神から与えられたものであるが、それらは「手引き」であって、聖書の代用になるものではない。

 ここにも、極端なものに対する人間の弱さが示されています。そのわけでクリスチャンは、あらゆる努力に平衡を保たねばならぬ、と聖書は絶えずさとしているのです。ラッセルは、これらの試験について次のように述べています。

 全般として、「麦をふるいにかける」ことは、視・力・を持ちつづけた者たちに畏怖の影響を及ぼした。彼らはますます注意深くなり、主とたがいにますます近づいた。他の者に及んだ影響は、それとは逆に見える。彼らは、よろこんで「分離し」、分裂をもたらし自分たちの「自由」を誇るように見える。反対者は多数者を非難する。多数者が少数者の専横を許さないからだ。彼らは多数者に対して、「奴隷」「バビロンの束縛にいる者」その他の悪口を言う。

 教理の面で正しい教えから外れて行ったり、盲目の状態になったとき、そのたいていの場合は、そしり悪口、邪推などで、多かれ少なかれ、心を汚すことが先に行なわれている、敵はそのような苦々しさの根を早く成長させることにより、ほとんどの場合に、間ちがいをひき起こす道を準備した。…………

 あなた方がすでに学んだ教理に反して、分裂やつまづきを起こさせる者たちに警戒しなさい。そして、そ・れ・ら・の・者・た・ち・を・避・け・な・さ・い・。(ロマ、一六ノ一七、一八)悪に対して悪を返さず、そしりに対してそしりを返してはなりません。しかし、悪魔のために混乱の状態にいるすべての人に対するように、同情のある愛の気持をもって親切に考えてやり、親切な言葉を言ってやりなさい。(コリント後、四ノ四)[:逆に背教者たちは昔の仲間を叩き、ののしり、危害、迫害を加えて、最大の背教者たるカトリック教会は、異端者(と看得る者)を共働の俗行政権、俗権に渡して、火刑などで殺してしまった!!会衆が背教者と見做す裁きが正しければ、聖霊の是認を受けるが、カトリック偶像は聖霊なのかどうか??!聖霊冒瀆者はカトリック偶像の霊が聖霊だと主張する運命で!!予定説は神が予定したという説で、神が予定したんじゃ無くって自分の罪悪で悪い運命にも成り得る神学で!!自分が悪い罪悪な事した!!と!!会衆が上で、会衆の下(した)に属する(:と普通は)と考えるがって?!自分が何かのひとかどの者じゃあるまいし??!人殺し!!魂には魂、目には目、歯には歯で!!カトリックガリカニズムのフランスのハロウィンは聖霊なのか如何(どう)か??!悪魔が聖霊だとはなフフフ!!4~5世紀の南フランス出自の使徒信経って聖霊冒瀆が含まれるのよフフフ?!聖霊に続いて、聖なる公同の教会ってあるでしょって?!聖霊とカトリックが誓宣言のクレドで繋・(つ・な・)が・っ・て・居・て・とか?!聖霊の是認を受けているとみせかけのカトリック教会(三位一体、不死の魂の地獄の火の責め苦の予定説押し付け??!の教理が聖霊の是認を受けているって??!=罪人の魂は死ぬが(敢えて:サドカイ人?!ツァ(ザ?!)ドーキー(:ヘブライ語:正しき者:義なる者:RighteousNess、WitNess~!!ウィット(機知な発想??!)に富む、正しい注解をする?!)の者の伝統で?!パリサイ人じゃ無くってとか?!)、義人の魂は神に守られている(神の目には生きて居るとって??!=キリストの御言葉??!キリストを通して御父ヱホヴァに来るから、キリスト教世界に敢えて居たとって??!あなた方(=キリスト教世界=ユダヤ教会堂が前影で、みたいに??!)に先(ま)ず証しすることが必要だったと!!1,914年以前の1,878年頃迄は??!100年前も100年後も??!)とって?!!敢・(あ・)え・て・自由に言わせてもらえば??!そう言う主張をする者だがって??!~)って??!]

 ロイス:そのような事実を考慮すると、パストー・ラッセルに対して尊敬の念が高まりますね。彼が、たいへんつらい状態の下で働いたことについて否定できる人はひとりもいないでしょう。そして、彼の仕事の結果は、みな彼を支持するものばかりですね。そのような圧迫をうけるなら、大ぜいの人はどちらかの道に曲がってしまうでしょう。

 ジョン:しかし、ロイスさん次のことを忘れてはなりません。パストー・ラッセルは自分の働きの結果が自分の性質によるもの、と見なしたことが一度もないのです。彼の力と導きは、神から来ると彼はいつも認めていました。そして、全部の証拠が示されるとき、それ以外の他の結論をくだすことはできません。

       第八章

   1914年の大詰めに近づく

 ロイス:'ジョンさん、制度内に生じた分裂や、パストー・ラッセルに対する反対は、わざに大きな影響をおよぼしましたか。

 ジョン:大きな影響は在りませんでした。全くのところ、そのような試練はますます生存者を親密にむすびつけると、パストー・ラッセルは語りました。それに、自ら離れて行ったものの数は、いつの時でも少なく、一方、仕事はたくさんでしたから、ラッセルやその仲間の者たちは忙しく働かねばなりませんでした。

 制度が拡大すると共に、一九一四年は近づいてきたので、この新しい世紀の最初の十年のあいだラッセルは全く忙殺されていました。西暦前六十七年より前のエルサレムが代表していたものは、「諸国民の定められた時のみちるまで諸国民に踏みにじられているであろう」ということを彼は知っていました。これはルカ伝二一章ニ四節にあるイエスの預言でした。サタンの諸国家が妨害されずに支配する時は、一九一四年に終わると、イエスは知っていました。一八七七年以来、エホバの現代の証者たちは、二五二〇年という長い異邦人の時はいまや終りに近づきつつある、と熱心に伝道して(イ)いました。[:1876年、10月号のバイブルイグザミナー誌にラッセルの寄稿1914年に異邦人の時が終る、とラッセルが書いたのが1914年に対する言及の始めで?!!1914年から約38年前に予告されていたと!!]

 この終りのことを念頭に入れていたラッセルは、世界的な規模を持つ大運動を準備して、実施しました。そして、諸国家に対する最終的な証言を与えようとしたのです。すなわち、一九一四年以前に残されているこのわずかな数年は、神が来られて裁きを執行する前に、彼らが神と平和をむすぶ最後の機会であると示したのです。

 ラッセルは、すぐに次のことに気づきました、二〇年間協会の本部としての役目を果たしてきたアレゲニー・ピッツバーグの四階建ての聖書の家は、全世界にわたる国際的なわざを発展させるには小さすぎるということです。それで、一九〇八年、協会の法律顧問ジェイ・エフ・ルサフォード(ロ)をふくむ協会の数人の代表者

たちは、ニューヨークにつかわされて、ラッセル自身がすでに指定しておいた新しい本部を求めるよう命ぜられました。

 彼らはブルックリン、コロンビアハイツ一二四番にあるヘンリー・ウォード・ビーチャーの四階建ての褐色砂石の牧師館を買い、協会の本部役員三〇人の住む家宅に変えました。パストー・ラッセルは、ビーチャーの古い書斎を自分の事務所にしました。

 トム:ヘンリー・ウォード・ビーチャーと言えば、当時奴隷制度反対の説教をしたので有名なブルックリンの牧師ではありませんでしたか。

 ジョン:そうです。彼は近くのプリモス教会の牧師で、その教会の説教壇から説教しました(ハ)。アブラハム・リンカーンも、一八六〇年代にコロンビア・ハイツにあったヘンリー・ウォード・ビーチャーの家を訪問した著名人のひとりであったと言われます。

 協会はまた近くに在った古い「プリモス・ベテル」を買いました。それは、プリモス教会が長年使用していた宣教用の建物でした(ニ)。いくらか改造をして後、一九〇九年一月三一日、三五〇人の出席者を迎えて、協会は新しい本部の献堂式を行ないました。改修されたプリモス・ベテルの二階にある集会所の座席数は八〇重人で、うす緑色が主食になっていて、たいへんうつくしいものでした。そして美しく描かれたいくつか聖句も壁に示されていました。道路に面する一階には、協会の事務所があり、その地下室にはビラを印刷するための小さな印刷機械や、発送部がありました。これらの建物について、「ものみの塔」内の発表は次のように述べていました。

 我々は新しい家を「ベテル」と呼び、新しい事務所と講堂を「ブルックリン・タバナクル(幕屋)」と呼ぶ。これらの名前は、「聖書の家」という名と入れかえられる(ホ)。

_________

(イ)「ものみの塔」(英文)一八八一年十月ー十一月号、三頁。

(ロ)「ものみの塔)(英文)一九一九年五八頁。

(ハ)ウェブスターの伝記辞典一二五頁。「キングス・カンティの歴史」(ニューヨーク、一八八四年。ムンセル会社)一〇二一、一〇二二頁。

 ピッツバーグの協会の施設は売られて、最終的な段階に達したこの重要なわざがいっそう拍車をかけられて始められようとしていました。拡大されたブルックリンの本部は、間取りも良く便利なものでしたが、それから二年以内の一九一一年、大きくて新しい住居が建築されました。それはベテルの後ろのところ、ファーマン・ストリートの面したところに建てられ、ブルックリンの埠頭を見下していました(ヘ)。

     '新しい合法の僕の形成'

 [:(ピープルズ・パルピット・アソシエーション)「一般人の説教壇協会」のこと:現行訳:省略]

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