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忍耐と辛抱編集

 1 忍耐と辛抱の力の真実の源は永遠の神、エホバです。エホバのクリスチャン制度の一部になる者たちはその中での立場を保つために努力を払わねばなりません。それは名誉の地位ではありません。正義の新しい世に実際に入れるまで忍耐は要求されています。真理の光はますます明るくなっています。そして新しい世を期待するとき、彼は

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1 新しい世の社会内にいる者たちは、どんな祝福を楽しむことができますか。

エホバが御自分の民に豊かに注がれる霊的な富を楽しむことができます。それに加えて、彼はイエスがこの時代になすべき収穫のわざに参加することができます。彼がこのわざをするとき、エホバの御霊は彼を支持するでしょう。(ゼカリヤ、四ノ六)かくも大勢の男、女、子供たちが、この大規模な国際的な伝道のわざによろこんで進んで参加している事実は、キリストが再臨していることを示す強い証拠であり、宣教に耐え忍ばねばならぬ理由を示します。

 2 イエスは最初この大きな伝道活動を率先指導しました。群衆が彼を嘲笑して、「あなたには悪霊がいる」と言っても、またいっしょうけんめいに教えた後に多くの弟子たちが以前の道に戻って、彼とともに歩かなくなったときでも、彼は落胆しませんでした。彼の弟子たちも正しい心を持っていて、失意落胆するということはありませんでした。彼が「あなたがたも去ろうとするのか」とたずねたとき、ペテロは次のように答えました、「主よ、わたしたちは、だれのところに行きましょう。永遠の命の言[葉]をもっているのはあなたです」と答えました。(ヨハネ、七ノ二〇。六ノ六六ー六八、新口)同じく、興味を示してしばらくのあいだいっしょに歩く人々がわきにそれるとき

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2 イエスと彼の弟子たちは、どのように辛抱づよいことを示しましたか。

[432] でも、イエスの始めた宣教のわざに参加し始めた人々が失意落胆する理由はすこしもありません。(エゼキエル、三三ノ三二)完全な人間イエスは、大群衆にむかって効果的に語ることができ、また大きな説得力をもって教えることができました。イエスは、彼らの知っていた事柄を譬話[:たとえばなし]の中に織りこみました。たとえば、羊と山羊、農業に関するもの、漁業に関するたとえ話です。同様に、私たちもそれと似たことをすることができます。たいてい聴衆の数は少なくても、わたしたちは時代の出来事について語ることができます。私たちは人々の家を訪問して、忍耐強く再訪問し、家族の群れの聖書研究を司会し、すべての者に対して愛のある思いやりを示します。あなたは、野外奉仕のためにイエスの残されたこの手本にしたがいますか。そして、名前だけのクリスチャンではなく、行ないでもクリスチャンですか。

 3イエスは収穫のときが間近い大きなぶどう畑を持つひとり人について語りました。彼はふたりの息子にこのわざに参加するようたのんだのです。長男は行くことに同意しましたが、行きませんでした。次男は、最初は父親の願いを拒絶しましたが、後になって後悔し、出かけました。いまはイエスがあらかじめに告げられた収穫の時です。そして、エホバは収穫のわざが終了するまで忍耐を示しています。天の御父

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3 どんな招待がさしのべられていますか。それに対する応答はどうですか。

の子であると称する多くの人々は、エホバから割り当てられるわざをよろこんでしようとのぞみません。まったくのところ、次のように語ったイエスは祭司長や大きな影響力を持った古い人々について述べました、「取税人や遊女は、あなたがたよりも先に神の国にはいる」。(マタイ、二一ノニ八ー三一、新口)ちょうどイエスの時代にあらゆる社会層の誠実な人々や謙遜な人々が音信をうけいれて宣教に参加しはじめたのと今日は同じようです。そのような人々は悔い改めの態度を示します。そして神のわざをすると称する人々の級より先に神によろこんで使えるという態度を示します。--マタイ、二三ノ二三。

   忍耐して辛抱することは実を結ぶ

 4 家から家の奉仕に活発に参加するとき、ルカ伝八章九ー十五節に述べられているイエスのたとえ話が真実であることが分かります。たくさんの種類の地がある、例えばある地は岩地で、ある地はいばらが生いしげり、ある地は正しい種類のもので耕作に適したものであるように、いろいろの種類の人がいます。イエスは次のように説明しました、「種は神の言である。………良い地に落ちたのは、御言葉を聞いたのち、これを正しい良い心でしっかりと守り、耐え忍んで実を結ぶに至る人たちのことである」。たいていの人の場合、忍耐づよい個人的な援助

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4 イエスは音信に対する人々の反応をどのように示しましたか。

は必要です。彼らは音信の重要性を理解しないかも知れません。あるいは彼らの心は偏見や誤解でいっぱいかも知れません。または、彼らの両親の持っていた信仰は正しいものであると誠実な気持ちで確信しているかもしれません。証者が戻って聖書的な真理についてさらに語ろうとすると、家の人は証者を避けようとつとめるかも知れません。しかし、それでも羊は主の声を聞くであろうとイエスは保証しました。私たちは宣教に忍耐して、「耐え忍んで善を行なう」ことにより、そのことを可能にすることができるでしょう。--ロマ、二ノ七、新口。

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6 ある人が音信を拒絶するとき、なぜ私たちは失望すべきではありませんか。

「あなたがたによく言っておく、これらの最も小さい者のひとりにしなかったのは、すなわち、わたしにしなかったのである」。それで、ある人が「忙しすぎる」とか「興味がない」と言って御国の音信をたずさえる者を拒絶するとき、実際にはキリストに向かってそのことを言っていることになります。私たちはキリストの大使としての働きをするからです。--マタイ、二五ノ四五、新口。コリント後、五ノ二〇。

 7 キリストの代表者は、後に証言の道が開ける仕方で宣教を行ないたいとのぞみます。使徒パウロはこのことについて次のような良い指示を与えました、「主の僕たる者は争ってはならない。だれに対しても親切であって、よく教え、よく忍び、反対する者を柔和な心で教え導くべきである。おそらく神は、彼らに悔い改めの心を与えて、一度は悪魔に捕らえられてその欲するままになっていても、目ざめて彼のわなからのがれさせて下さるであろう」。(テモテ後、二ノニ四ー二六、新口語)最初、音

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7 私たちは、あらゆる種類の人々に、真理をどのようにすすめることができますか。

信に強く反対する人々のうちのある者は、タルソのサウロの場合のように、以前に教えられていたことを誠実な気持ちで信じていたために反対します。タルソのサウロは、見当ちがいのことに熱心であったため初期クリスチャンたちに対してはげしい迫害をもたらしました。しかし、彼がクリスチャンの生き方をうけいれたとき、彼はキリスト教に対する反対の矢面(やおもて)に立ちました。彼は次のように書いています、「かえって、あらゆる場合に、神の僕(しもべ)として、自分を人々にあらわしている。すなわち、極度の忍苦にも、患難にも、危機にも、行き詰まりにも、むち打たれることにも、入獄にも、騒乱にも、労苦にも、徹夜にも、飢餓にも、…………」。コリント後、六ノ四ー一〇。新口。

 8 あなたは、クリスチャン行動をしているために、それほどのはげしい反対を身をもって経験したことはないでしょう。しかし、献身しているどのクリスチャンも、パウロが次のように述べている仕方で神の奉仕者として、自分をすすめることができます。「真実と知恵と寛容と慈愛と聖霊と偽りのない愛と、真理の言葉と神の力とにより、左右に持っている義の武器により、ほめられても、そしられても、悪評をうけても、好評を博しても、………悲しんでいるようであるが、常に喜んでおり、貧しいようであるが、多くの人を富ませ、何も持たないようであ

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8 私たちの生活は、真理をどのように反映すべきですか。

[434] るが、すべての物を持っている」。……………、、

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    最後まで忍耐し辛抱する

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[436] ……………

 17 昔でも現在でも、数多くの兄弟たちははげしい迫害の下にあって忠実を保ちつづけました。ある国のふたりの兄弟は、いわゆいる「革命反対の活動」をしたというかどで、今でも刑務所に入れられています。なぜなら、彼らは宣教の活動を行ないつづけ、御国の希望を善意者

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17 ある人々は、真理のためにどんな迫害に直面しましたか。しかし、それは何を産出しましたか。

に知らせたからです。別の国では、長年の間エホバの証者のクリスチャン活動を指導していた一人の兄弟は、真理のために多くの苦しみを受けました。一政権が勢力をにぎっていた期間中、彼は投獄されました。しかし、それから後に彼はしばらくの期間中、自由を楽しみ、宣教を押しすすめました。彼は信頼していたひとりの人によって裏切られてしまい、いまではまたまた刑務所に入れられています。しかし、そのような忠実なクリスチャンたちは、たとえ死の脅迫をうけることがあっても、エホバの崇拝から離れません。パウロの次の言葉はわたしたちを力づけてはげまします。……………(ロマ、五ノ三ー五、ヤコブ、一ノ二、三)

 18 …………タラントをたえず用います。そして、彼らのよろこぶ同じ希望を他の人々の心に植え、水をそそぎ、また培います。イエスのたとえ話の中で述べられている僕たちは、タラントを使用して増加を示すべきであって、……埋めておくことは主人の望まぬことであると知っていました。それで、………収穫のわざを活発に行ないつづけたいとのぞみます。…………エホバの僕たちは、ぶどう畑で活発に働いた者であったことを示すことができるようのぞみます。彼らはエホバの導きのもとに野外で働き大きな、収穫のわざにあずかります。収穫がどんどん行われている時であるいま、彼らは断念したいとのぞみません。むしろ、もう十分である

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18 私たちは、持っている真理の知識に従ってどのように行動するべきですか。

とエホバが言われる時まで、彼らは忍耐しつづけます。--イザヤ、六ノ一一。テサロニケ後、一ノ四、五。ペテロ後、一ノ六。

 19 ……………伝道しなさい。忘れてはなりません、『最後まで耐え忍ぶ者は救われる』。--マタイ、二四ノ一三、新口。テサロニケ後、三ノ五。

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19 …………なぜ私たちは忍耐して辛抱すべきですか。